5-35
ディアス達は洞窟を抜けた。
空は白み、夜が明けようとしていて。
山の頂の先には黒い月がゆっくりと地平に向かって沈んでいる。
そこからさらに林を進み、草原を抜けるディアス達。
ようやく魔宮のそばに建てられた衛兵達の宿舎を遠目に見つけた。
そして宿舎にたどり着くと衛兵が声をあげて。
「あんたら、無事だったか。おーい! 手貸してやってくれ!」
衛兵は中の他の兵士に声をかける。
「夜になっても帰ってこないから心配してたんだ。少数のパーティーだったしな。やられちまったんじゃねぇかと」
衛兵はディアス達を宿舎に招き入れ、介抱した。
それから1日が経ち、目を覚ましたアーシュ。
そして魔力欠乏の症状から立ち直ったキャサリン。
エミリアはアーシュが目を覚ましたと聞くと、大慌てでアーシュのもとへ。
「アーくん!」
ベッドの上で上体を起こし、ディアスと話をしていたアーシュ。
アーシュはエミリアに気付くとビクリと体を震わせた。
すぐに表情を取り繕ったが、確かにその一瞬に浮かべていたのは恐怖。
エミリアはその様子を見ると足を止めた。
部屋の入口に立ち、距離を保って。
「ごめんなさい。あたし、アーくんに酷いことしちゃった」
「……おれこそごめん」
アーシュが言った。
エミリアはアーシュが何を謝っているのか分からなかった。
「…………? アーくんが謝るような事、あったかな?」
「おれ今、エミリアを見て怖いって……思っちゃったから」
ディアスは部屋の入口に向かった。
廊下へと顔を出し、周囲に人がいないか確認。
そのまま入口にもたれると人が来ないか見張る。
エミリアはディアスを追っていた視線をアーシュに戻して。
「ううん。怖くて当然だよ。あたし、あのときアーくんのこと…………喰おうとしてた」
エミリアは包帯の巻かれたアーシュの首筋を見る。
「仕方なかったんだよ」
「仕方なくなかった。だってアムドゥスが止めてくれなったらあたしは」
目を伏せるエミリア。
「ごめんね、アーくん。本当にごめんなさい」
「…………」
アーシュはうつむいたエミリアをじっと見つめて。
次いでちょいちょいと手招きした。
エミリアは顔を上げるとアーシュを見た。
首を左右に振る。
「ん」
アーシュはパンパンとベッドの縁を叩いた。
「エミリア」
さらにアーシュは呼び掛けるとパンパンとまた叩いて。
ここに来いと促す。
「…………」
困ったようにアーシュを見るエミリア。
パンパン。
「…………」
パンパンパン。
「…………」
エミリアは動かない。
エミリアは大きく息をついて。
「……だって、アーくんはあたしのこと怖いでしょ?」
「…………怖くない」
「ホントは?」
「怖くないよ」
アーシュはそう言うと再びベッドの縁を叩いた。
エミリアはゆっくりとアーシュに近づいて。
アーシュの示した場所に腰かける。
次いでエミリアは体を捻ると上体をアーシュに向けた。
「エミリア────」
アーシュの言葉を遮って。
エミリアは歯を剥き出しにした。
アーシュへと手を伸ばす。
その仕草にアーシュは目を丸くして。
体をビクリと震わせ、体を強張らせた。
紫色の瞳がわずかに潤む。
「………けけけ。ほら、怖い」
エミリアは触れる寸前で止めていた手を引いて。
「ごめんね、本当に」
そう言って立ち上がろうと。
だがアーシュはエミリアの手を掴んだ。
エミリアを再び座らせると頭を叩く。
「…………アーくん、怒ってる?」
エミリアが恐る恐る訊いた。
「うん。怒った」
アーシュは口を尖らせ、エミリアを半眼で見て。
「なんで脅かすような事するの」
「……アーくんが怖いって、素直に言ってくれないから」
エミリアが答えると、アーシュは再びエミリアの頭を叩いた。
「…………」
叩かれても別に痛くはなかった。
だがエミリアは、むすっとした表情を崩さないアーシュを見て少し泣きそうになる。
「エミリア」
アーシュはエミリアの被っていたフードをおろした。
再び手を振り上げて。
そしてそっと頭に手を添えた。
その頭を優しく撫でる。
「喰われるのは怖いよ。でもエミリア自身が怖いんじゃない。だから、そんなおれを避けるような事しないでよ」
そう言うとアーシュは大きく鼻をすすった。
次いでぼろぼろと涙をこぼし始める。
「え、なんでアーくんが泣くの」
「だって……おれがもっと強かったら、エミリアがあんな状態になるまで戦わなくても良かったかもしれないし。おれ、ほとんど役に立てなかった」
エミリアはアーシュの頭にゆっくりと手を伸ばした。
その頭を撫でて。
「大丈夫、アーくんはどんどん強くなってるよ。サポートもバッチリだったし」
エミリアとアーシュは互いに頭を撫で合う。
「…………けけけ」
「…………ふひひ」
2人は頭を撫で合っている状況が可笑しくなって。
思わず笑い声を漏らした。
「…………そういえばキャサリンさんは無事なの?」
アーシュはきょろきょろと視線をさ迷わせる。
「ああ、魔力欠乏に陥っていたが今は回復してる」
ディアスが答えた。
その頃キャサリンは借りていた部屋を抜け、廊下を進んでいて。
廊下の窓から差し込む朝日を見て目を細める。
キャサリンはそのまま廊下を進むと衛兵を見つけて。
「『鏡』はどこかしら」
キャサリンが衛兵に訊いた。
すると衛兵がキャサリンに答える。
「ありがとー」
キャサリンは衛兵に手を振りながら言った。
廊下を進み、衛兵に訊いた『鏡』のある部屋へと向かう。
キャサリンは個室に入ると扉を閉じ、鍵を閉めた。
壁に設置された『鏡』に魔力を流し、相手を選んで。
「さーて。私のボスに報告、報告。この間は知らなくて取り逃したけど、また巡り会えるなんて。日頃の行いの賜物かしらね。ウフッ」
キャサリンは鏡の応答を待ちながら呟く。
少しすると鏡面に映る景色が揺らめくと、その先に別な光景が浮かんだ。
そこに映る人影に向かって、キャサリンが言う。
「報告よ。アムドゥスと接触したわ────」
閲覧ありがとうございます。
次の章は短章で、ディアス達の知らないところで様々な思惑が動きます。
ディアス達の動向を捉えた書庫の魔人。
謎の存在と対峙する少女は愉しげな笑みを浮かべて。
そして結晶の魔物と同じ力を操る男は、エミリアと因縁のある冒険者キールのもとへ。
さらにディアスのかつての仲間もディアス討伐に乗り出し、ついにコレクターも動き出す……?
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