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「俺達のせいでお前は死ぬんだぞ」
「うん。でも……仕方ない。元から、1度は捨てた……命。必要としてくれる……人がいて、そのために生きてきた。でも、死のうと思ったあの日にきっと死んでたんだ。家族と過ごす静かな……日々はとても穏やかで、楽しくもあったど。でも楽しい事と生きる事、死ぬ事は……別なんだ」
「ケケケ、要は死にたかったんだなぁ? なら怨む事もねぇか」
「どう……だろうね。ただあの日から今まで……生きてきたこの時間は、オマケのようなものだった。いつ死んでもいいと、思っていたのは事実だ」
魔人の男がそう言うと、その体にすがるその人は顔を歪ませた。
「ごめんね」
魔人の男はその人に向かって言うと、その手に握る剣の柄をディアスに突き出す。
「どうせ死ぬ。あと……少しでこの胸の魔結晶は砕けて死ぬんだ。なら、あとは……生きる人に何か残したい」
「…………」
ディアスは警戒しながらも構えていた剣を置いた。
男の差し出す剣を手に取る。
「ありがとう」
魔人の男が言った。
魔宮の床に入った亀裂がさらに深くなり、ついには床が次々と抜け落ちていく。
穴の底を覗くと、その先には深い闇だけがあった。
「底が見えない。この魔宮は落とし穴の底じゃなく、途中にあったのか」
ディアスが言うと魔人の男はうなずいて。
「そう。かかったら……助からない深い深い、落とし穴。地層の裂け目……と魔宮のトラップとが、たまたま重なったもの。そこに落ちるはずだった人達を助けて…………でも、この高さだからね。どうしても落下で身体はぐちゃぐちゃになる。それでも……生きられるよう身体を、弄るけど」
「ディアス!」
エミリアが叫んだ。
ディアスが振り返ると、エミリア、アーシュ、キャサリンの近くにまで崩落が拡がっていた。
エミリアはハルバードに寄りかかりながらなんとか立っているが、アーシュは意識を失ったまま、キャサリンも膝をつき、杖で体を支えている。
「あっち……だ」
魔人の男が指を指して。
「あの、先が洞窟と……繋がってる」
魔人の男は次いでエミリアを見た。
「母さん、食べ……て。母さんが力……を取り戻さないと助からない。崩落に、巻き込まれる」
その時、魔人の男は自身の胸の中の魔結晶が砕ける音を聞いた。
「時間切れ……だね」
そう呟くと魔人の男の身体が塵となって崩れていく。
同時に魔宮の崩落がさらに早まった。
ディアスは男から受け取った剣を腰に下げて。
刀剣を連ねると、その刃で真白ノ刃匣を飲み込んで収納。
すかさずエミリア達のもとに駆け寄った。
『刀剣蟲』に他の装備などの回収をさせながら、アーシュの身体を抱き起こす。
「ディアスちゃん! 私も、私も!」
キャサリンが言った。
声音は少し冗談めかしていたが、その顔色や姿から満身創痍なのが分かる。
エミリアは頸椎を折られて命を落とした人々を見た。
その顔から表情が消えると、魔力の補充を始める。
エミリアは急いで魔力の補充を進めて。
最後にそれを飲み込むと口許をぬぐった。
最後に手を合わせるとキャサリンのもとに駆け寄る。
エミリアはキャサリンを見て。
「…………」
次いでキャサリンに腕を回し、その体を持ち上げた。
「……けけ、ディアスじゃなくてごめんね」
目線は合わせずに言うエミリア。
「……いいのよ。ありがとう、お願いするわ」
「ケケケ、急ぎなぁ!」
アムドゥスが言った。
ディアスは残された人々を肩越しに振り返った。
「諦めな、ブラザー。そもそも連れてったところで居場所なんかねぇだろうよ」
「……それでも」
「諦めな」
アムドゥスはディアスの顔を覗き込んで続ける。
「お前さんの青臭い正義感だけじゃ何もできやしねぇよ。今は生き延びるのが先決だぜぇ?」
「ディアス」
エミリアはキャサリンに肩を貸しながらディアスのもとへ。
そしてエミリアは首を左右に振った。
「ディアスちゃん、彼らはもう死んでるのよ」
キャサリンが言った。
「生体活動の有無じゃなく、ね。誰があんな姿になった人を受け入れてくれるかしら。ほとんどが受け入れられやしないわ。戻っても、彼らにも彼らの帰りを待つ人達にも辛いものになるわよ」
「…………だが」
ディアスは人々を見つめて。
次いで歯軋りをすると顔を背けた。
その目が見ているのは魔人の男が指した方向。
ディアス達は崩壊する魔宮を駆け抜ける。
すでに視界は光源を失って闇に包まれていた。
『刀剣蟲』が上から降ってくる瓦礫を斬り払って。
またその身体を床に並べディアス達の足場を担っている。
ディアス達を魔宮の端にたどり着いた。
側面に空いた穴に飛び込む。
その背後で轟くような音が響き渡り、魔宮が完全に消え去った。




