5-33
魔人の男は眼前に迫る『刀剣蟲』を防ごうと魔物に視線を向けた。
その指示を出そうと。
「────美麗な私の」
その時、魔人の男の耳に声が届いた。
大きく振りかぶった右腕。
腰をよじり、胴を捻り、肩を回して。
「大投球!!」
キャサリンは屈んだまま腕を鞭のようにしならせて。
その手にとった『刀剣蟲』を投げ放った。
その先には魔人の男が『家族』と呼ぶ冒険者達。
キャサリンの放った刃はその中の1人の身体を貫き、床に縫い付ける。
その光景に魔人の男は一瞬反応が遅れて。
「スペルアーツ────」
キャサリンはその隙をつき、さらに畳み掛けるようにスペルアーツを発動する。
「『速度弱化』」
キャサリンのスペルアーツを受け、魔人の男はその動きが目に見えて緩慢になった。
次いで『刀剣蟲』がその胸を。
そして全身を貫く。
「減速の、スペルアーツ……?」
エミリアはキャサリンの使ったスペルアーツを見て怪訝な面持ちを浮かべて。
だがすぐにその表情は険しくなった。
エミリアが視線を向けたのはキャサリンの投げ放った剣に貫かれた冒険者。
今も血を噴き出しながら悶えているその姿を見て顔を歪める。
キャサリンの方へと勢いよく振り返るエミリア。
だがキャサリンは、応急処置を終えたアーシュを床に寝かせると立ち上がった。
次いで自身が斬りつけた冒険者達に歩み寄ると、順番にその頭と肩の間を脇で絞め上げて。
キャサリンの上腕筋と大胸筋が膨れ上がると、ゴキンと音を立てて頸椎が折れる。
「…………ごめんなさいねぇ。苦しかったでしょ」
1人1人に謝罪を述べながら、躊躇いなくその動作を行っていく。
「…………どうして」
魔人の男は胸に手を置いて。
「ただ……生きたかっただけ、なのに」
剣に貫かれ、魔結晶が傷ついたのを感じていた。
一撃で砕かれることはなかったが、魔結晶に走る亀裂が拡がっていくのが魔人の男には分かる。
「せっかく……生きたいと、思えたのに」
悲痛な眼差しをディアス達に順々に向けると、視線を下げた。
魔人の男にすり寄るその人を見つめる。
「『死ぬより酷いことはない。生きていればきっといいことがある』。そう教えてもらったのに」
ディアスは無数の青白い腕が動きを止めたのを確認。
剣を構えながら魔人の男に歩み寄った。
魔人の男は顔を上げると恨めしそうにディアスを見て。
「この……世界は、奪ってばかりだ。魔人は人から。人、は魔人から。だから……ここに来た」
「何の話だ」
ディアスが訊いた。
「奪われる……くらいなら、自分から捨てる」
だが魔人の男はディアスの問いに答えない。
1人、話を続ける。
「殺される、のは嫌……だった。それに怯えるのも……。でも死ぬ勇気も、なかった。だから静かに飢え……で果てるつもりだった。ここは魔宮の……下層。身を、潜めていればバレない。そのまま永久魔宮になって……でも」
魔人の男は再び視線を下げた。
その人の顔を見つめると、そっとその頭を撫でる。
「出会った、んだ。魔宮に隠れていた……時に見かけた冒険者の一団。魔人を……飼う冒険者。この人はその、餌として連れられていた。少しずつ……身体を喰われながら。最後には死ぬのが分かっていて。それでも、その目は死んでなかった。『死ぬより酷いことはない。生きていればきっといいことがある』。そう言って、笑っていた」
「……その身体はお前がやったんじゃないのか」
ディアスがその人を見ながら言った。
魔人の男がうなずいて。
「戦って、助けた……時には身体が大きく欠けていた。声も、失ってた。でも言いたいことは分かった。『生きたい』って。守ってあげる必要が、あった。そのためには魔力の補給が必要。だからほんの少し身体を弄った」
「ケケケ、だが足りなった」
アムドゥスが言った。
「これだけの魔宮の維持だ。人間の生き血だけで維持しようと思ったら1人じゃ到底足りねぇわな」
「だから……命を助ける見返りとして。ここに落ちて……きた冒険者を家族にして、支えあって生きてきた。血の提供と安全の保証の交換。でも、助けられなかったけど」
魔人の男はキャサリンの殺めた人達を見ると大きく息をつく。
その時、魔宮が揺れた。
咲き誇っていた白い花々は枯れ、魔宮の床に亀裂が走り始める。
「こう……するしかできなかった。この繋がり、と関係にすがるしか生きられなかった」
崩壊が進む、魔宮『手招く亡霊の家』。
ディアスは崩落に警戒しながら魔人の男に言う。
「すがる事自体が悪いとは俺は思わない。俺も過去にすがり付いてる身だからな」
ディアスの顔を横目見るアムドゥス。
ディアスは続けて。
「俺は未だに『白の勇者の戦い方』にすがりついてる。無様なのはわかってる。形だけの劣化品。結局当時と同じにはもうなれない」
ディアスは周囲に浮かぶ『刀剣蟲』を見る。
「…………でもそれでいいんた。こんな絶望しかない世の中なんだ。支えなしに立ち上がる事を強いる方が無茶なんだ。今一度立ち上がる。再び前へと進む。すがるのは立ち上がるための手段だ。立ち上がった先。何かにすがってでも前へと進む先に望むものが俺にはある。例え剣全てを失っても、俺の中にはその意志が残る」
「君……は本当に聞き分けが、なさそうだ」
魔人の男は呆れたように笑った。
次いで握っていた剣を差し出す。
「きかん坊の……君は、きっと人に言われても聞かないし、直さない。でも他人の……声を聞かなくても、自分には問い続けてね。自分の、声だけは聞くんだ。これはそれを忘れない……ために、持っていって」