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「それ、が……答え?」
魔人の男はディアス達を見つめて。
そして突如、穏やかだった顔つきが険しいものになった。
半眼でディアス達を睨みなら切り揃えた髭を撫でる。
「残念……だよ」
墓標に刻まれた文字が激しく明滅し、同時に空気が重くなった。
白い花々から放たれる光が周囲を柔らかく照らしていたが、その視界が瞬く間に暗く沈んでいく。
景色は色を失い、灰色に染まって。
だが白い花弁の灯す輝きが弱まったわけではない。
光源のあるなしとは無関係にその場が暗く暗く。
張り詰めたような重圧に息を吸うのも辛く辛く。
そして声なき声が頭の奥底に深く深く。
その意思は生者を怨む怨む。
墓標に刻まれた文字が頭の中をぐるぐると回った。
無機質な石の側面に彫り込まれていたのは今の時代に使われてはいない古語。
だがその意味は鮮明に伝わった。
貴方。
貴様。
汝。
君。
つまり立ち並ぶ墓標が意味するのは、『お前』の墓。
魔人の男の背後の暗がりから、無数の青白い人の手が現れた。
ゆっくりと手招く動作を繰り返す、痩せ衰えた腕。
その腕が一斉にディアス達目掛けて伸びる。
「ソード・テンペスト……!」
ディアスの声と共に、一定の間隔で旋回していた『刀剣蟲』が向かってくる腕目掛けて疾った。
迫り来る腕。
迎え撃つのは舞い狂う刃。
ディアスの操る剣の魔物が青白い腕を斬り裂いた。
その傷からは黒い飛沫が噴き出して。
それは空気の流れに乗って拡散していく。
「アムドゥス」
ディアスがアムドゥスに呼び掛けた。
「ケケ、ありゃ呪いだな」
アムドゥスは額の瞳でそれを捉えて。
「触れたら汚染させるぜぇ?」
「だが────」
「斬らないわけにもいかねぇって?」
斬ったそばから次々と押し寄せる生気のない腕。
無数に閃く『刀剣蟲』によって押し止めてはいるが、その刃が振るわれる度に周囲は呪詛に覆われていく。
「アムドゥス、あの腕の本体は」
ディアスは遠くに転がっていた真白ノ刃匣を『刀剣蟲』に拾わせて。
『刀剣蟲』の剣身の部分が左右に開くと、それはハサミとなって純白の大剣を挟み込んだ。
それが運んできた剣をディアスは受けとる。
ディアスは真白ノ刃匣を構えた。
「…………アムドゥス?」
「あー、ブラザー。ボスの討伐は今回は諦めな」
ディアスが再度声をかけるとアムドゥスが答えた。
次いでディアスの肩に飛び乗る。
ディアスはアムドゥスの言葉に眉をひそめて。
「まさか、『魔毒の巨兵』と同じ」
「『魔毒の巨兵』? ああ、あのバカでけぇ魔物か。ケケ。ああ、それと同じ魔宮一体型だ。規模は全然劣るがな。このボス部屋そのものがボス。んで俺達はボスの腹ん中ってわけだ。ケケケケケ!」
「となると魔人本人を叩くしかないな」
ディアスはそう呟くと駆け出した。
飛び交う剣の魔物の中を走り抜け、視界を埋め尽くすほどの大量の腕の前へと迫る。
ディアスは真白ノ刃匣を振ると周囲を覆う呪詛を斬り裂いた。
ディアスの放った白い剣閃が黒く染まった呪いを無効化し、その境目に飛び込んだ。
左右から漂う呪詛と前方から迫る氷のように冷たい白い手。
「ソードアーツ────」
ディアスは真白ノ刃匣を大きく振りかぶって。
「『偽りと欺瞞の偶像』!」
ディアスは燦然と光を放つ刃を振り抜いた。
その剣閃は白い光の尾を引いて。
冷たく、どろとろと渦巻く黒い血潮の通った無数の腕を白で塗り潰す。
景色を斬り裂いたような白に飲まれ、その腕は魔力を失って崩れ落ちていった。
魔力を飲み込み、その度に無数の輝きが散る。
ディアスは開けた先へと目で示した。
同時に『刀剣蟲』は大挙して魔人の男に迫る。
「ブラザー!」
アムドゥスの声。
ディアスは左右に視線を切った。
ディアスを挟み込むように伸びる白い腕が次々と突き出す。
ディアスは真白ノ刃匣を床へと突き立てた。
次いでその目に灯る輝きを強めて。
「『千剣魔宮』……!」
ディアスの背から躍る刀剣の渦。
逆巻く刃が迫り来る白い手を斬り裂いた。
撒き散らされる濃密な呪いを真白ノ刃匣が無効化する。
『刀剣蟲』は魔人の男に襲いかかった。
その銀色に光る切っ先が男に迫る。




