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「ごめんなさいねぇ」
キャサリンは自身が斬った人達を見て言った。
身体を深々と斬られ、痛みに悶える人々。
その人々の姿を見て、魔人の男にすり寄ったその人は涙を流した。
顔を上げ、魔人の男に訴える。
「血が……欲しいんだね」
魔人の男はキャサリンに言った。
剣を構えながら、涙を流すその人の肉塊のような体をもう一方の腕で抱き寄せると背中をさする。
「血は……あげるよ。自分達の、やり方で……父さんを助けたいならそうすれば……いい。だから、これ以上……みんなを傷つけないで。家族を、そっとしといて……ほしい」
「なら素直に首を差し出しなさい」
キャサリンが言った。
「それ……は、できない」
魔人の男は首を左右に振って。
「死ぬわけには……いかないんだ」
「そうなの? じゃあ黙ってあなたの家族になれって?」
「なってくれたら、嬉しい」
「却下よ」
「なら、せめて出ていって……くれ」
「罠の下で待ち構えて、勝手に『家族』に加えようとしといて。不利になったら見逃せって? ずいぶん虫のいい話じゃないの」
キャサリンはアムドゥスの示した人間に手を伸ばした。
触られてびくりと体を震わせる『家族』の1人。
キャサリンはその体を引き寄せる。
剣を数回振るい、人を引き寄せて。
その屈強な肉体を以ってすれば、どうということはない動作。
だが息を切らすキャサリン。
その額には脂汗がにじみ、顔は土気色になっていた。
「死ぬほど酷い、ことは……ない。その、最悪から救った見返り……それを求めるのは悪かな。だって……無償はないよ。誰だって何かしらの、見返りを欲している」
魔人の男が言った。
「少なくとも……ここにいる、限り。『家族』でいてくれるなら、守ってあげられる」
次いで赤く燃える瞳で人々を見る。
「『手招く亡霊の家』が消えれば、みんな死んでしまう。だから……死ねないんだ」
魔人の男の瞳の輝きが強まり、木造の床に花が咲いて。
光を放つ白い花弁の花が咲き乱れ、辺り一帯が花畑に変わった。
そしてその下から無数の石造りの墓標が現れ、そこに刻まれた文字が光を放っている。
「ケケ、ブラザー気いつけろ。ボス部屋が展開されたぜぇ」
アムドゥスが言った。
ディアスはうなずくと、自身とエミリア、アーシュ、キャサリンを囲んで輪をなすよう『刀剣蟲』を配置した。
その輪が一定のペースで回る。
「ディアスちゃん、ボスの相手なんて大丈夫?」
「…………」
ディアスは周囲に視線を向けたが、まだ魔人の男の魔宮『手招く亡霊の家』のボスは現れていなかった。
「1つ確認したい」
ディアスが魔人の男に言った。
「ここはギルドの管理する永久魔宮の地下だ。見張もいて警備の目がある。なのになんで魔人のお前がいる」
「君も……母さんも、魔人なのに。なのにそれを、聞く必要がある?」
「俺達は冒険者として魔宮に入った。お前は別なところから入ったのか聞かせてくれ」
「うん、別な場所から……入ったよ」
ディアスは魔人の男の言葉を聞くとキャサリンに視線を移して。
「アーシュは助けられるのか」
「アーシュガルドちゃんに適合した血液が見つかったから、あとは手早く補給してあげられたらひとまず一命はとりとめるわね」
そう言うとキャサリンは魔人の男を横目見た。
「今からアーシュガルドちゃんを助けるためにあなたの『家族』の血を使うわ。そこまではいいのよね」
「うん……」
「ディアスちゃん、見張りよろしく。極力急ぐわ」
キャサリンは肩から下げた可愛いポーチをまさぐり、道具をいくつか取り出した。
アーシュの失血の処置を始める。
「ディアス、このあとどうするの?」
エミリアが訊いた。
ハルバードの柄を杖代わりになんとか立ち上がるが、すぐに崩れ落ちるようにしゃがみこむ。
「まずは仲間の命が最優先だ。可能なら一時撤退。その後ギルドに報告させて討伐隊を組織してもらいたいとこだ」
「……でも、逃げられるかもしれない」
「ああ」
ディアスは顔をしかめて。
「永久魔宮の出入り口とは違う場所から来て魔宮を展開。ということはまた別な場所から逃げられる可能性がある」
「またあんな人達を増やすのは嫌だよ」
エミリアは身体を弄られて凄惨な姿を晒す人々に視線を向けた。
次いでキャサリンが斬った人達を申し訳なさそうに見る。
「倒すしかない、か」




