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エミリアがシャルと呼ぶ、牡牛の頭に巨大な角を持った半人半獣の魔物。
濃紺の毛皮に覆われたその巨体を大きな蹄が支えていた。
赤黒い腰布と、無数の人間の頭蓋骨を連ねる錆びた鎖を身に纏って。
その見開かれた眼には小さな琥珀色の瞳を宿している。
「シャル!」
エミリアが呼ぶと、シャルは彼女の身体を貫く魔物を見下ろし、戦斧を振り下ろした。
魔物は靄の中に姿を隠してその攻撃をすり抜ける。
エミリアはその瞬間を狙って跳躍。
身体を貫いていた魔物から逃れ、魔宮の再展開を繰り返しながら魔人の男に迫って。
シャルがその後ろを追従。
両手に握る戦斧を構えながら咆哮した。
だがその声は猛々しい雄叫びではなく、悲哀と怒りの入り交じった子供の声。
少女の、声。
エミリアはその咆哮と共に声をあげた。
響き渡る過去の自身の慟哭に重ねるように力の限り叫んで。
その目から溢れ出す光が彼女の額に集束すると、赤く輝く光の角を形作る。
「…………」
魔人の男は迫り来るエミリアとその後ろのシャルの姿を見つめた。
その瞳に宿る赤の輝きが強まる。
骸骨の魔物は大きな渦となってエミリアに襲いかかった。
黒い渦の中に赤い閃きが連なる。
エミリアはハルバードを高々とかざした。
その瞳と光の角から立ち昇る魔力の奔流が斧槍の刃に纏って。
次いで無数の光の尾を引きながら刃を振り下ろす。
その一撃は赤い衝撃波を巻き起こした。
波紋のように幾重にも走る斬撃の波。
それを受けて周囲の魔物が掻き消えるように吹き飛ばされる。
「すごい! エミリアってこんな事もできたんだ!」
アーシュは感心しながら魔物に叩き落とされた剣の操作を再び取り戻す。
「ケケケ、それは違うぜぇ?」
アムドゥスが言った。
「あれは嬢ちゃんが現在進行形で戦いながら魔宮の調整をした結果だ。自身のボス化、他の魔物との状態の共有、その辺を参考にした調整だろう…………だが魔力を喰い過ぎてる」
次いでアムドゥスはその姿を保てずに元の姿に戻る。
「ブラザー! そっちの調整はまだかぁ?」
「……まだかかる」
ディアスはアムドゥスに答えるとアーシュに視線を向けた。
ディアスから無数の刃が連なり、それが束になって。
刀剣の柱の中から白い荘厳な大剣が現れる。
純白の刃に金の装飾と紺の紋様が描かれた、物語の中に出てくる勇者のそれの具現のような剣。
「使え、アーシュ」
アーシュはその『真白ノ刃匣』の真っ黒な柄を掴んだ。
右手に『真白ノ刃匣』を。
左手に、手元に引き戻した輪刀を構える。
さらにディアスはディフェンダーもアーシュに投げ渡した。
アーシュはその幅広の刃を持つ大きな剣を操作する。
エミリアは大きく息をつくと、振り下ろしたハルバードを持ち上げた。
魔人の男に視線を向ける。
だが、散り散りになった黒い靄がより集まり、再びその中から単眼の骸骨が顔を覗かせた。
「シャル!」
エミリアが呼び掛けるとシャルは両手に握る戦斧を振るった。
叩きつけられた分厚い刃が赤い衝撃波を巻き起こして。
エミリアが先ほど放ったのと同じ赤い波紋が重なりながら拡がる。
魔物を吹き飛ばし、エミリアは魔人の男に向けて駆けようと。
だがエミリアは1歩を踏み出すと体勢を崩した。
膝をつくエミリア。
額に現れていた光の角が消え、瞳の輝きが弱まる。
「調整……不足。付け焼き刃では……そんなもの、だろう」
魔人の男は顎でエミリアを指した。
遠巻きに周囲を漂っていた半透明の亡霊のような魔物が一斉にエミリアに飛び掛かり、その小さな身体を次々とすり抜ける。
エミリアは小さなうめき声を漏らすと崩れ落ちた。
なおも亡霊の魔物はエミリアへと遅いかかり、その魔力を喰らっていく。
「エミリア!」
アーシュが飛び出した。
同時に左手に握る輪刀の魔力を解放する。
「キャサリン、『魔力吸収』を」
ディアスが言った。
「やーね、魔力切れって言ってるんだけど」
キャサリンは杖をかざして。
「スペルアーツ『魔力吸収』」
キャサリンの唱えたスペルアーツがアーシュの持つ『真白ノ刃匣』と輪刀、操るディフェンダーに纏った。
「ソードアーツ────」
アーシュは円形の刃に体を通した。
右肩の上から左脇の下にかけて袈裟に刃を構えて。
「『駆けろ、輪転する焔』!」
輪刀の刃の節から噴き上がる炎。
その炎を纏い、刃は高速で旋回。
紅蓮の渦と共にアーシュはエミリアのもとへと走る。
行く手を遮る魔物の身体を断ち切り、散らしながらアーシュは駆け抜けて。
剣の操作で輪刀を浮かし、その峰に手を軽く添えながら魔力を伝達した。
自身の体を通して『真白ノ刃匣』に魔力を注ぎ込む。
同時にアーシュは短剣と片手剣、ディフェンダーを
『その刃、嵐となりて』で自身を中心に旋回。
実体化していない魔物相手には効果のない鍛造剣も、魔物の実体化の牽制になった。
同時にディフェンダーは魔力で構成されて身体を斬り裂き、少しずつ魔力を蓄える。




