5-23
その魔人はボサボサの赤毛を無造作に垂らしていた。
こけた頬と落ち窪んだ目元が目につく痩せた男。
魔人はディアス達を見て笑っていて。
短く整えた髭を撫でながら、灰色の歯を剥いて静かに肩を揺らしている。
「嬉しいなぁ……」
魔人の男は呟いて。
「ああ、嬉しい。こんなにも愉快な人達を家族に加えることができる……なんて」
魔人の男はエミリアとアーシュに視線を向けた。
「特にその2人は……いいね。女の子と、男の子。こんな若い子達が訪れたのは……初めてだから。娘と息子? それとも妹と弟? なにが、いいかな……?」
魔人の男は髭を撫でながらエミリアとアーシュを凝視。
次いで顔をパッとほころばせる。
「そうだ。逆転の……発想。母さんと父さんなんて…………どうだろう」
魔人の男はそう言うと満足げにうんうんとうなずいて。
「それが……いい。いつだって甘やかす側、頼られる側、だもん。たまには甘えたって……いいよね? …………うん、いいよ。それがいい」
魔人の男は独り言と自問自答と繰り返した。
「…………ケケ、意味不明だな」
アムドゥスが言った。
「分からないかい? 仕方ない……よね。鳥頭、だもん」
「ああっ?!」
アムドゥスは魔人の男の発言に声を荒らげる。
「悪いが俺達はお前のおままごとに付き合うつもりはない。帰らせてもらうぞ」
ディアスがディフェンダーを構えながら言った。
魔人の男はディアスの発言を聞くと頭を振って。
「駄目だよ。駄目、駄目、駄目。それはいけない。それはいけない。せっかくの……新しい家族なんだ。……お仕置きが必要だな。となると君は……子供かな。愛想の、悪い子だ。でも、心配しないで。愛は平等に。家族なんだもん」
魔人の男はディアスを睨んだかと思うと、穏やかな眼差しを向けた。
次いで再びエミリアとアーシュに視線を向ける。
「さぁ母さん、父さん、悪い子がいるよ? 一緒にお仕置きしよう?」
「けけけ。お父さん、お仕置きが必要だって」
エミリアがアーシュを横目見ながら言った。
「…………?」
現状に困惑しているアーシュはどうすればいいか分からずに、ディアス、エミリア、アムドゥス、キャサリンへと視線をさまよわせる。
「家族ならたくさんいるじゃない。私達を加える必要があって?」
キャサリンは周囲に渦巻く魔物を見ながら、魔人の男に訊いた。
「家族? 違う、違うよ。家族は確かにたくさん……でもまだ足りない。そしてあれは魔物だ。ただの……手駒。家族とは、違う」
魔人の男はキャサリンをじっと見つめて。
「じゃあ、君は……おねぇちゃんだ。みんなの頼れる、優しくて綺麗な」
「あら。この魔人分かってるじゃない。私家族になってもいいかも」
キャサリンは頬に手を添えると体を左右に揺する。
「ケケ。じゃあ俺様達は帰るから、キャサリンは新しい家族と仲良くするんだなぁ」
アムドゥスが半眼でキャサリンを見ながら言った。
「やーん、いじわる。パパ、ママ、アムドゥスがいじわるするわ」
キャサリンはそう言ってエミリアとアーシュに抱きつく。
「キャシー……?」
エミリアは不機嫌そうにキャサリンを見た。
「ごめんなさいね。でも私魔力欠乏寸前まで魔力とられちゃって、今賑やかししかできないのよぉ」
キャサリンは握り拳を作ると数回素振りして。
「相手が普通の魔物ならぶん殴れるんだけど、相手ゴーストだし。魔宮生成武具もディアスちゃん、エミリー、アーシュガルドちゃんの分で1つずつしかないじゃない? 私がそれ借りても効率落ちると思うし」
その時、魔人がパンと手を叩いた。
「そうだ。家族……紹介しないと、だね」
魔人の男は後ろへと振り返って。
「さぁ、みんな……おいで。競争にしよう。頑張った子達にはご褒美を……あげる。大丈夫……遅くても、頑張ったらちゃんと……褒めてあげるよ」
魔人の男は深い闇の先へと声をかけた。
するとその闇の先から床を這うような無数の音が聞こえてきて。
時折跳ねるような音や、いくつもの荒い息遣いが迫ってくる。
そしてそれらの姿をディアス達は捉えると顔を歪めた。
それは怒り。
それは哀れみ。
それは恐怖。
それは嫌悪。
それぞれの顔に異なる表情を浮かべて。
「…………こんな、酷い」
次いでアーシュは泣きそうになる。
「賑やかし終了。あの外道、顔が無くなるまでぶん殴ってやるわ」
キャサリンは魔人の男を睨み付けて言った。
深い闇を湛える広間で光源は仄かに光を発する魔物の身体だけ。
その微かかな光の下に姿を現したのは無数の人。
それも著しく身体を弄られた姿の。
芋虫のように必死に這いながら進む家族の姿を、魔人の男は嬉しそうに見下ろしている。
「殺すよりも酷い……! こんな、命を弄ぶような!」
エミリアはハルバードの柄を力一杯握り締めた。
その瞳から赤い輝きが燃え上がる。
「母さん、なにを……怒ってるの? 死ぬより酷い、ことはないよ。生きてれば、きっと楽しいことがある。辛い事の後には……幸せがあるんだ。母さんには家族のみんなが辛く見えてる……のかな? だったら、きっとこのあとに…………とても大きな幸せが待ってるんだね」
魔人の男は穏やかな笑みを浮かべて言った。
床を這ってきた1人の先端をよしよしと撫でる。
撫でられた人は体を左右に揺らして。
それは喜んでいるというよりは、怯えているように見えた。
まぶたのない真ん丸の瞳がじっと上を見上げ、目のすぐ上に乗せられた魔人の男の手を凝視している。




