5-22
「魔宮の名は?」
「ケケ、『手招く亡霊の家』だ」
「…………まずいな」
ディアスは魔宮の名前を聞くと上へと視線を向けて。
「戻ろう。アムドゥス、頼む」
「え、戻っちゃうの?」
アーシュはきょとんとしているが、キャサリンはうなずいた。
「賢明ね。その魔宮の名前からして出現する魔物はずばりゴースト。となると今のパーティーだと対応が難しいわ」
「永久魔宮の下に別な魔宮が拡がってるってのもおかしいし。落とし穴の下が別な魔宮ってデジャブな気もするけど」
エミリアはそう言うと、けけけと笑う。
「そういえば私もデジャブな気がするわ。私ったらいつの間にかデジャブにキャパ割いちゃってたのかしら」
キャサリンはそう言うとエミリアに続いて、ウフフと笑った。
「…………そういえばボウガン使いのお兄さんと鎧のおじさんは元気かな」
エミリアはキャサリンを見上げて。
キャサリンはその視線を返した。
わずかな間をあけて、にこりと笑みを作る。
「ええ、元気にしてるわよー」
「けけ、良かったぁ」
エミリアはホッとしたように微笑んだ。
次いで跳び上がるとアムドゥスの背中に跨がる。
「アーくん」
エミリアはポンポンとアムドゥスの背を叩いた。
アーシュはアムドゥスの背中とエミリアを見上げる。
「早く早く」
エミリアは再度アムドゥスの背中を叩いた。
アーシュは少し助走をつけて跳躍。
だが届かない。
ぴょんひょんとその場で数回跳んでみるが、全く届いていなかった。
「ケケケ、そもそも俺様の背中に乗ろうとしてんじゃねぇクソガキ」
「えー、エミリアはいいのにおれはダメなの?」
「……ケケケ。お前さん、少し図々しくなってきたかぁ?」
アムドゥスは半眼でアーシュを見下ろして。
「まぁいい。今回は特別だぜぇ?」
アムドゥスは大きな翼でアーシュをすくい上げると、自身の背中に放った。
空中に投げ出されたアーシュの手をエミリアが掴み、その身体を引き寄せる。
アーシュもアムドゥスの背に跨がったのを、ディアスは見届けて。
アムドゥスの趾の上に乗ると脚を掴んだ。
隣の足にキャサリンが乗る。
「じゃあ、さっさと離れるぜぇ」
アムドゥスは巨大な羽で飛んだ。
上の階層を目指して飛翔する。
「────つれないなぁ」
その時、広いフロアの先に赤い輝きが灯った。
その光が遠ざかるディアス達を見上げて。
「寂しいじゃないか。ねぇ……ずっと一緒にいようよ?」
か細い声でそう呟く。
するとアムドゥスの行く手を突如木造の屋根が塞いだ。
次いで床一面に白い靄が現れ、そこから無数の影が躍って。
それは闇の中を飛び交い、ディアス達に迫る。
ディアス達がそれに気付くより早く。
無数の影はディアス達の身体をすり抜けた。
瞬間、ディアス達は凍りつくような寒気と虚脱感を覚える。
次いで感じるのは浮遊感と、影がすり抜けた箇所を襲う身を切るような冷たさ。
そしてディアス達は平衡感覚を失った。
さらに無数の影がアムドゥスの身体をすり抜けると、アムドゥスの動きが止まって。
アムドゥスはディアス達もろとも落下を始める。
「遅かったか……!」
ディアスは落下しながら、闇の中で仄かに光るそれらを見回して。
それは半透明の人影。
長い長い髪が水の中のように揺蕩い、顔があるべき場所には赤く大きな口だけがあった。
細く骨張った腕はあるが、腰から下は脊柱だけが尾のように伸びていて。
その脊柱の先は闇に溶け込んでいる。
「キャサリン!」
ディアスが呼んだ。
「ごめーん! 今ので魔力だいぶ喰われちゃったわ!」
キャサリンは顔を歪めながら答えた。
「……エミリア! アーシュを!」
「分かって、る!」
ディアスに答えると共にエミリアは携えていたハルバードを投げ捨て、アーシュの身体を抱き上げて。
アムドゥスの巨体が床に激突する前に跳び退いた。
「キャサリン!」
ディアスはキャサリンに振り返る。
「私は大丈夫よ!」
キャサリンは全力でアムドゥスの脚を蹴って跳んだ。
そのたくましい身体は重力に引かれて下へとみるみる加速。
だがキャサリンは落下の衝撃を殺すことなく、床に打ち付けた拳と折った膝、片足で轟音と共に着地して。
着地から微動だにしないキャサリン。
ひるがえった三つ編みがふわりと下りると、ゆっくりと顔を上げる。
「キャシー、かっこいい!」
エミリアはアーシュを抱えたまま着地すると言った。
キャシーはエミリアと抱き抱えられたアーシュを見て。
「いやーん! 私もお姫様抱っこにしてもらえば良かったー!」
「え、お姫様抱っこ?」
アーシュは自身の体勢に気付くと、エミリアの首に回していた腕をどけた。
慌ててエミリアの腕から降りる。
「けけ。そんなに慌てて降りなくても、アーくん軽いから大丈夫だよ?」
「エミリアが大丈夫とかじゃなくて、おれが恥ずかしいの!」
アーシュは頬を少し赤らめながら言った。
キャサリンは2人からディアスに視線を移して。
「ねぇディアスちゃん、もう一回いいかしら! やっぱり私お姫様抱っこがいいー」
キャサリンの側に着地していたディアスは頭を振って。
「……いや、今の俺は隻腕だから無理だ」
「…………ケケケ、そもそもステータスの貧弱なブラザーじゃお前さんの巨体は持てねぇんじゃねぇかぁ?」
床に叩きつけられたアムドゥスが、むくりと体を起こして言った。
「酷いわ! えーん、エミリー」
キャサリンはエミリアの元に駆け寄った。
お姫様抱っこをしてほしいとせがむ。
「けけ。キャシー、気持ちは分かるけど、今はそれどころじゃなくない?」
エミリアは得物である青のハルバードを拾い上げると周囲に視線を走らせた。
ディアス達を取り囲むように半透明の人影が渦を描いていて。
そしてその先に赤い瞳を見つける。
「いいですね。とても賑やかで。とても……楽しい」
その声にエミリア以外も一斉に振り返った。
その先には目に赤い輝きを灯す魔人の男が1人立っている。




