5-21
アーシュは体を大きく回しながら輪刀を投げた。
剣を操作すると回転する速度を上げて。
アーシュは輪刀をオオトカゲに向けて飛ばす。
オオトカゲは大きな縦長の瞳をアーシュの放った剣に向けた。
巨体を覆う濃い緑色の鱗が逆立ち、頭から尾にかけて伸びる2列のトサカが左右に大きく揺れて。
威嚇するように野太い声を発しながら、太い前足を持ち上げて輪刀を払う。
オオトカゲの湾曲した鉤爪が輪刀の回転する刃とぶつかると火花が散った。
払い除けられたアーシュの剣。
だがその回転する勢いは衰えてはいない。
アーシュは剣を操作し、オオトカゲの背後へと刃を移動させた。
その首筋へと輪刀をぶつける。
その攻撃はオオトカゲのトサカを斬り裂いたが、硬質な鱗にぶつかると弾かれた。
だがアーシュは再び刃を首筋へと強く押し付けて。
回転する輪刀が火花を散らしながら鱗を削っていく。
オオトカゲは悶えてその巨体を前後左右に揺するが、アーシュの操る刃はオオトカゲの首筋を捉えて離さなかった。
ついには輪刀の刃は深緑色の硬質な鱗を断ち切り、その下の肉を斬り裂いていく。
「やった! この剣なら硬い相手にも攻撃が通る!」
アーシュが言った。
オオトカゲは肩ごと首筋を壁や柱にぶつけるが、アーシュの操る輪刀はなおも離れない。
次いでオオトカゲはその長い尾を振り回し、輪刀を叩いて。
平たい顔の側面についた大きな瞳がギョロりと回って、視界の隅に回転する刃を捉えた。
輪の中へと尻尾の先を差し込むと、首筋から輪刀を引き剥がす。
オオトカゲは尾を操り、ディアス達目掛けて輪刀を投げ返して。
だがアーシュはその軌道をすぐさま変えた。
回転する刃がオオトカゲの顔を走り、片目を斬り裂く。
回転する輪刀はそのまま悶えるオオトカゲの身体を走り、鱗と鱗の隙間に刃を滑り込ませた。
鱗を掻き分けて肉を斬り裂く。
怒気混じりの咆哮を上げるオオトカゲ。
その身体を走り抜けた輪刀が宙に舞い、急降下すると再びオオトカゲに襲い掛かる。
オオトカゲは大きく口を開くと、鋭い刺がびっしりと生えた舌を繰り出した。
その舌で輪刀を巻き取ろうと。
だがアーシュはオオトカゲの舌を目掛けて短剣を投げ放つ。
「『その刃、風とならん』!」
アーシュの声と共に加速する短剣。
その切っ先がオオトカゲの舌を貫いた。
大きな口から伸びていた舌が力なく垂れ下がり、その舌の先端がハリを失うと備えていた刺がだらりと横になる。
アーシュは『その刃、風とならん』で射出した剣を再びその意識で捉えた。
飛び去る剣の柄を。
鍔を。
そしてその刃を意識がなぞると、そのコントロールを得る。
アーシュは輪刀と短剣の双方を操り、オオトカゲに次々と攻撃を繰り返した。
回転する刃で鱗と鱗の隙間をこじ開け、そこに短い刃を突き立てて薙いでいく。
オオトカゲはアーシュの攻撃から逃れようと後退した。
足をバタバタと後ろに踏み出し、その巨大を壁や柱にぶつけながら下がっていく。
なおも輪刀と短剣はオオトカゲを斬りつけ、斬り裂いて。
そしてアーシュは高速回転する輪刀に魔力が溜まったのを感じた。
その剣を手元へと素早く引き戻し、回転を止めると柄を掴む。
アーシュは輪刀を振りかぶりながら、その魔力を解放して。
「ソードアーツ────」
「ケケ、待ちな! クソガキ!」
ソードアーツの発動を制止するアムドゥス。
その視線は後退するオオトカゲの後方、床のある一角を見つめて。
そしてオオトカゲがそこを踏むと、ガゴンと音が響いた。
次いでオオトカゲの足元から床の崩落が瞬く間に拡がり、オオトカゲの巨体は深い穴へと飲み込まれる。
「魔物が罠にかかっちゃった」
呆然とするアーシュ。
「アーくん! 前!」
その時、エミリアが叫んだ。
アーシュはエミリアの声を聞いて迫ってくる崩落に気付いた。
オオトカゲの起動した落とし穴のトラップは拡がり続けて。
それはオオトカゲのいた周囲はおろか、柱や壁を飲み込みながらディアス達の目前にまで迫っていた。
「アムドゥス!」
ディアスが呼んだ。
「ケケ、任せな!」
アムドゥスは答えると姿を変えて。
頭に被った獣の頭蓋骨から左右に枝分かれした大きな角が伸び、その体躯はみるみる大きくなった。
巨大な翼を羽ばたかせ、アムドゥスは飛び上がる。
その背や脚にしがみつくディアス達。
崩落はなおも拡がり、辺り一帯が大穴へと変わった。
ディアス達は深い穴の先へと視線を向ける。
「アムドゥス、このまま降りれるか」
ディアスが言った。
「ケケケ、下層へのショートカットか! いいぜぇ」
アムドゥスは答えると、ディアス達を連れて徐々に下降していく。
ディアス達は穴の底へと着いた。
周囲には明かりがなく、暗闇の中でディアスとエミリアの赤い瞳だけが光を放っている。
「スペルアーツ『光弾魔象』」
キャサリンの指先に目映く輝く光の球が浮かんだ。
キャサリンはその手を掲げて周囲を照らす。
ディアス達の降り立った空間は広大で、キャサリンの灯した明かりでは果てが見えなかった。
「んー、どうするの? ディアスちゃん」
キャサリンが訊いた。
「けけ、ずいぶん広いね」
エミリアは周囲をぐるりと見回して。
だがその先には深い闇が広がっているだけで、何も捉えることはできなかった。
「…………」
ディアスはこの空間に冷たい空気が満ちているのを感じると、アムドゥスに視線を向けた。
「アムドゥス、ここはどこだ?」
「どこって、魔宮の7層じゃないの?」
アーシュはディアスの言葉に首をかしげる。
「アムドゥス」
ディアスが再び呼び掛けた。
アムドゥスは額の眼で周囲を見回して。
「ケケケ、『創始者の匣庭』による観測を完了。ブラザーの読み通りだ。ここ、上の魔宮とは別の魔宮だぜぇ?」




