5-20
現れたのは一振りの剣。
ディアスはその剣を振りかぶって。
「投げるぞ、アーシュ」
ディアスはそう言うとアーシュ目掛けて剣を投げた。
突然のことにアーシュは驚くが、すぐさま自身に向かって飛んでくる剣に意識を向けて。
アーシュの意識が剣を捉え、空中で静止させる。
「本当にできるみたいだな」
ディアスが言った。
「ディアス兄ちゃん、この剣は?」
アーシュは静止させた剣を手元に移動させると柄を掴んだ。
剣をまじまじと見る。
「『回炎の亜竜』のドロップ品だ」
ディアスが答えた。
『回炎の亜竜』のドロップ品だという剣は刃が長く、切っ先はなかった。
その剣身にはいくつもの節があり、その隙間からは仄かに赤い光が漏れている。
「それも変形するぞ」
「え、本当に?!」
ディアスが言うとアーシュは目を輝かせた。
「その剣は刃が節ごとに分離して輪刀になる」
「りんとう?」
「わっか状の刃を持つ刀剣のことだ」
「それもソードアーツ?」
アーシュが首をかしげる。
「いや、形態の切り換えは任意だ」
「これ、おれがもらっていいんだよね?」
「ああ」
「やった!」
アーシュは剣をかざしたり、振ったりして。
だが片手ではその重さを支えきれずによろけた。
その身体をエミリアが支える。
「けけけ。アーくん、良かったね」
「うん!」
エミリアが言うとアーシュは嬉しそうに笑いながらうなずいた。
「輪刀て扱いが独特な剣だけどアーシュガルドちゃんに持たせて大丈夫?」
キャサリンが頬に手を添えながら訊いた。
「扱いに注意は必要だが、剣の操作を使えば問題ないだろう」
「そういうところは本当に便利なんだけど。なのになんで遠隔斬擊てマイナー扱いなのかしらね」
「ケケ、単純に他と比較して弱いんじゃねぇかぁ?」
アムドゥスが言った。
ディアスが、アーシュと一緒にアムドゥスを睨んで。
「遠隔斬擊《ストーム系》の剣技は1人で十分な強さを発揮できる人間が少ないからだろうな。【嵐の覇王】を含む剣技使いのトップに立つ奴らの実力は拮抗してたはずだ」
「剣技使いのトップかぁ。会ってみたいなぁ。どんな人なの? ディアス兄ちゃん」
アーシュがディアスに訊いた。
「【嵐の覇王】の称号を持つ爺は何度も会ってるが俺もそんなに詳しくない。……それにアーシュは剣技使いのトップには1人会ってるぞ」
「え。アーくん、そんな凄い人に会ってたの?」
エミリアが言うとディアスはエミリアに視線を向けて。
「いや、エミリアも会ってる」
「えー? 誰だろう。そんな人いたかな?」
「はいはい、雑談はここまでにしましょ」
キャサリンが手をパンパンと叩いて。
「ここは魔宮の中。剣を手に入れて戦力の増強は進んでるけど私の魔力も、ディアスちゃんとエミリーの魔力も有限なのよ。このまま探索を続けるなら悠長にはしてられないわ。さっき逃げたリザードマンの群れがまた戻ってこないとも限らないし」
「…………まさか」
エミリアは、はっとするとキャサリンを見上げた。
白髪の隙間から覗く赤い瞳がじっとキャサリンの顔を見つめる。
「このタイミングで会話を切るのって、キャシーが剣技使いのトップの1人なんじゃ」
「さぁ、どうかしら」
キャサリンは前屈みになった。
エミリアと目線の高さをを近づけるとにやりと笑う。
次いでプッと吹き出して。
「やーね。うそうそ、私は剣技使いじゃないわよ。剣とか重いものを振り回すのあんまり好きじゃないのよ。ほら、私って華奢だし」
「キャサリンさんは素手で戦うしね」
アーシュが言った。
「キャサリンは剣より拳てか、ケケケケケ」
アムドゥスが笑う。
アーシュはそんなアムドゥスを横目見て。
「そういえばアムドゥスはキャサリンさんのことは名前で呼ぶんだね。名前で呼ぶときもあるにはあるけど基本ブラザーとか、嬢ちゃんとか。おれのことはクソガキ、クソガキって呼んでるのに」
「ケケケ、俺様も人間の名前をいちいち呼び分けるのが面倒ではあるんだがな? だが俺様はこいつのやろうとしてる事が成功するのかどうかに少しばかり興味があるから名前で呼んでやってるのよ」
「……? うん。…………んん?」
アーシュはアムドゥスの言葉の意味が理解できずに首をかしげた。
「その話はいいの。ほらほら、行きましょ」
キャサリンが先へ進めと促す。
そしてディアス達は魔宮の進行を再開した。
青白い火を灯す松明の明かりを頼りにさらに下の7層を目指す。
エミリアは途中で立ち止まった。
聞き耳を立てて。
「けけ、いるね」
エミリアがハルバードを構える。
ディアス、アーシュ、キャサリンも構えた。
耳を澄ますとズンズンと響く足音と共に低い唸り声が聞こえてくる。
入り組んだ通路に差し掛かっていたディアス達は反響する音に注意を払い、視線を四方に向けた。
その時、キャサリンは重なった複数の柱の陰の先にその姿を捉えて。
「あっちよ!」
その太く骨ばった指を向けるとスペルアーツを唱える。
「スペルアーツ『光弾魔象』」
放たれた光の弾が柱の方へとまっすぐ飛んで。
それは柱を目前に弾けて閃光へと変わった。
その光に照らされて大きな魔物の体躯が現れる。
「またドラゴンモドキ?!」
アーシュはそう言うと、新たに手に入れた剣をいつでも投げ放てるよう振りかぶった。
その視線の先では閃光に驚いた魔物が尻尾を振り乱し、柱を薙ぎ倒す。
「……いや、あれはオオトカゲだ」
ディアスは魔物の顔を見ると言った。
「アムドゥス、周囲に他の魔物は?」
「ケケ、見える範囲にはいねぇな」
アムドゥスが答えるとディアスはうなずいて。
「アーシュ、輪刀を試すぞ。可能ならソードアーツの確認もしときたい」
「わかった!」
「魔力回りのバフはいるかしら」
キャサリンが訊いた。
「ひとまず温存だ」
ディアスが答える。
「ケケ、試すのはいいけど気ぃつけろよ。この辺はトラップがちらほらあるぜぇ」
アムドゥスが羽ばたきながら周囲を旋回して言った。
「なら、試すよりも手早く処理するのを優先した方がいいか」
思案するディアス。
その姿を見てアーシュが言う。
「遠距離主体なら大丈夫じゃない?」
次いでアーシュはアムドゥスに視線を向けて。
「アムドゥス、罠って結構近いの?」
「いいや。あの魔物の奥の方だな。少なくともこの辺にはねぇ」
「ほら! おれもこの剣試したい」
「…………分かった」
ディアスがうなずいた。
エミリアへと視線を向けて。
「エミリア、周囲の警戒頼んだ」
「はーい」
エミリアが答える。
アーシュは振りかぶった剣の形を変えた。
節ごとに刃がバラバラになり、剣身の中を走る帯がしなって。
剣の先端が柄の後ろへとつながり、刃が円を描く。




