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真っ先に見えたのは巨大な顔。
鼻先から額にかけてはあまり凹凸のない平坦な三角型で、その左右の鱗の盛り上がりの下に大きな瞳があって。
頬からは頭にかけてトゲトゲとした鱗が連なり、頭頂部には2本の角。
首から背中、尾にかけて身体を覆う鱗は1枚1枚が大きく、鋭いトゲを有していた。
頭に対して身体は小さく、その巨体を支える脚も心なしか頼りない。
「大きいけど思ったより……弱そう?」
現れたドラゴンモドキを見てアーシュが呟いた。
「見た目通りなら良かったけどな」
ディアスはそう言うと周囲に視線を走らせて。
自分達がいるのが脇道もない広い通路なのを確認して舌打ちを漏らす。
リザードマンは人語とは異なる言葉で現れたドラゴンモドキに声をかけて。
次いで雄叫びを上げた。
その声に応えるようにドラゴンモドキが大きな口を開くと、喉の奥から漏れ出る明々と灯る光。
そして火の粉を散らせながら炎を吹き出す。
「すごい、炎を吐いた!」
アーシュが言うとディアスは後ろにじりじりと後退しながら。
「オオトカゲとドラゴンモドキの違いは外見じゃなくブレス系の攻撃があるかどうかだ。そしてあの『回炎の亜竜』はそれに加えて突進力が高い」
「え、でも歩くの遅そうだよ?」
ディアス達が見つめる前で『回炎の亜竜』は炎を吐きながら自身の尾を咥えた。
尾を咥えて円形になると、体を前へとゆっくり倒す。
「いや、あいつは走らない」
ディアスはエミリアとキャサリンに目配せして。
「転がるんだ」
ディアスはディフェンダーを構えた。
その背後にシャルが仁王立ちし、キャサリンはスペルアーツの用意を始める。
みるみるその速度を上げて。
『回炎の亜竜』は吹き出す炎を推進力に回転。
その身体を覆う鱗に炎が纏い、その様相はさながら紅蓮の車輪となった。
炎を撒き散らしながらディアス達に迫る。
「アーシュはリザードマンの遠距離攻撃、エミリアは直接攻めてくるリザードマンの対応。そして俺とエミリアのボスであの突進を受け止める。そこで魔力を溜め切ってソードアーツで切り返す。キャサリンはサポート頼んだ」
「わかった!」
「はーい」
「言われなくても。私に任せてんっ」
アーシュ、エミリア、キャサリンがディアスに答えた。
そして迫り来る『回炎の亜竜』の巨体。
シャルが両手に握る戦斧を振り下ろした。
重厚な刃で突進を受け止める。
同時にディアスはディフェンダーを激しく回転する『回炎の亜竜』に打ち付けた。
幅広の剣身を押し付ける。
舞い散る火花。
舞い上がる炎。
だがディアスとシャルはその勢いに負けて後方へと押し出されていった。
シャルの蹄が岩肌や石畳を削りながら滑っていく。
「スペルアーツ『防御魔象』!」
キャサリンがスペルアーツを唱えると、魔力で編み上げられた盾が顕現した。
それはシャルの後方に姿を現すと、後ろへと押し出されるシャルを支える。
「スペルアーツ『魔象強化』、『魔力吸収』」
次いでキャサリンはディアスの構えるディフェンダーにバフを付加。
より広い範囲から魔力を引き寄せ、ディフェンダーの魔力の吸収効率が上がった。
ディアスは炎に肌を舐められ、火傷を負いならもディフェンダーに魔力が溜まるのを待つ。
その間にもリザードマンはディアス達に迫って。
今も激しい勢いで回転している『回炎の亜竜』の陰から忍び寄り、左右から襲い掛かった。
エミリアは素早く視線を切って。
右から3体。
左から2体。
リザードマンの姿を捉えるとハルバードを振りかぶった。
「右、足止めして!」
すかさず左から来たリザードマンの1体に向けてハルバードを投げる。
斧槍の刃が甲高い音と共に鎧を裂き、リザードマンの首元に突き刺さって。
エミリアは跳躍すると、そのリザードマンの側面に着地。
その身体を蹴りながらハルバードを引き斬った。
リザードマンの首を断ち切る。
「『その刃、嵐とならん』!」
アーシュはすぐさま『回炎の亜竜』の右側から現れたリザードマンへと剣を飛ばして。
放たれた刃が次々とリザードマンへと襲いかかった。
だがリザードマンはアーシュの攻撃には目もくれない。
その縦長の鋭い瞳が捉えているのはディアスとシャルの姿。
リザードマンへと斬りかかったアーシュの剣は堅牢な鎧と鱗に弾かれる。
リザードマンはそれぞれの得物を振りかぶった。
「『防御魔象!』」
リザードマンを阻むように現れる光の盾。
だが『防御魔象』はリザードマンの一撃でひび割れ、二擊目で砕け散って。
三擊目がシャルの右腕を斬り裂いた。
低いうめき声をあげるシャル。
右腕から力が抜け、『回炎の亜竜』に押し込まれる。
ディアスからも苦悶の声が漏れた。
ディアスは地を這うように刃をいくつも生み出すと、その側面から剣の切っ先を突き出した。
だが『回炎の亜竜』はその刃を容易く薙ぎ倒し、リザードマンは回避する。
「アーくん────」
エミリアが呼んだ。
その声を聞いて、アーシュはエミリアへと視線を向ける。
エミリアは左から迫ったもう1体のリザードマンへとハルバードを振り上げた。
リザードマンの動きを見て。
「下!」
エミリアが叫ぶのと同時に、リザードマンは両手に握った無骨な剣で攻撃をいなす。
上へと弾かれたハルバード。
アーシュはエミリアの意図を察すると、その意識をエミリアのハルバードに向けた。
その柄をアーシュの意識が捉えると、アーシュはハルバードを操作。
エミリアはハルバードを振り下ろした。
アーシュの操作を上乗せした一撃がリザードマンの剣を砕き、その頭蓋を粉砕する。
「アーくん!」
エミリアはそのまま身体を大きくよじるとハルバードを投げた。
アーシュは回転するハルバードを操作しながら、他の剣も操って。
「エミリア!」
青のハルバードは大きく弧を描き、『回炎の亜竜』の反対側にいるリザードマンへと襲いかかる。
同時に腹を向けて空中に固定される剣。
エミリアはそれを見て助走をつけると跳んだ。
剣の腹を蹴って方向転換し、ハルバードを追う。
回転するハルバードはリザードマンの背に深々と突き刺さった。
そしてその背に飛び付くエミリア。
「下!」
エミリアは斧槍を引き抜き、隣に立つリザードマンに振り下ろして。
エミリアの呼び掛けに応えたアーシュがその刃を下へと加速させる。
エミリアは続け様にハルバードを振ってリザードマンを倒した。
ディアスに視線を向けて。
「ディアス!」
「大丈夫だ。溜まった────」
ディアスはディフェンダーの刃から『回炎の亜竜』に視線を向けた。
その手に握る剣の魔力を解き放つ。




