5-8
薄闇の中を蠢く無数の影。
その1つが松明の明かりに照らされて。
それは先ほど倒した個体よりも屈強な体つきのリザードマン。
リザードマンはディアス達を睨みながら舌をチロチロと出し入れした。
その手には無骨な剣と、表面に鱗を張り合わせた円形の小さな盾を持っている。
気づくとディアス達はリザードマンの群れに取り囲まれていた。
「さっきのは囮か」
ディアスが言うとエミリアはうなずいて。
「けけ。同じような種類のリザードマンと前に戦ったことがあったけど、さっきのは体も細いし弱いなと思ったんだよね。弱い個体を使い捨てに使ったんだ」
「大丈夫なの?」
アーシュは忙しなく周囲に視線を走らせながら言った。
周囲を駆けるリザードマンの影を追って。
アーシュは右へ左へ、背後へと振り返る。
焦燥をその顔に滲ませるアーシュ。
「アーシュ」
ディアスが名前を呼んだ。
アーシュがディアスに振り向くと、フードの下の赤い瞳と目が合って。
その静かな眼差しを見てアーシュは落ち着きを取り戻す。
「俺から離れるな」
「うん」
ディアスにアーシュが答えた。
エミリアとディアスが距離を空けて背中会わせとなり、その間にアーシュが立って。
3人が身構えるとリザードマンは一斉に襲いかかってきた。
ギザギザの荒削りの刃を振りかざし、ディアス達に突進する。
迎え撃つために、その目の赤の輝きを燃え上がらせるディアスとエミリア。
だがディアス達とリザードマンの群れが衝突する前に。
エミリアと先頭のリザードマンとの間の空間にスペルアーツの楔が打たれた。
「スペルアーツ『防壁魔象』────」
その術者は詠唱を瞬く間に重ねて。
「『防壁魔象』、『魔象点火』」
楔を打って指定していた地点と、再び指定して発動させた別な地点を結ぶように現れる魔力の防壁。
次いで周囲から上がる怒号。
ディアスとエミリアがすかさず目配せすると、2人の瞳の輝きは小さくなった。
リザードマンの群れの背後から冒険者の一団が大挙し、リザードマンへと襲いかかる。
「やっちまえ!」
「まずは1匹!」
「俺は2匹だぜ!」
「かわせ! ソードアーツ────」
冒険者の声に続いてソードアーツの剣閃。
さらに風切りと共に矢が放たれた。
同時にスペルアーツがリザードマンの群れのただ中で炸裂する。
次々と数を減らすリザードマン。
だがリザードマンもただではやられない。
前へと出すぎた冒険者の1人がリザードマンに剣を弾かれた。
無防備になった冒険者目掛けてリザードマンは剣を振り下ろす。
周囲のフォローは間に合わない────
「『その刃、風とならん』!」
アーシュは咄嗟に体をよじり、遠心力で左腕を振って。
そのまま短剣を投げ放った。
剣が加速すると、剣を振り下ろすリザードマンの右肘へと突き刺さる。
わずかな硬直。
その一瞬の間にエミリアが跳んで。
『防壁魔象』によって魔力で編み上げられた壁を飛び越え、そのリザードマンの頭上へ。
エミリアは落下の勢いを乗せてハルバードを叩きつけた。
リザードマンはその身体を肩口から縦に両断される。
エミリアは叩きつけた斧槍を持ち上げて。
そのまま体を捻るとハルバードを横薙ぎに振るった。
リザードマンをまとめて吹き飛ばす。
「けけ、大丈夫?」
顔を向けずにエミリアが訊いた。
「……え、あ、ああ。助かった」
リザードマンにではなく、エミリアに対して腰を抜かしていた冒険者が答えた。
すぐに弾かれた剣を取ると仲間の陣形の輪に戻る。
「アーくん!」
エミリアはリザードマンの肘に突き刺さった短剣を抜くと、アーシュに向かって放った。
アーシュは右手に握った剣を一度置くとそれを受け止める。
エミリアはリザードマンの群れへと走った。
そのままハルバードを振るうと、その勢いを殺さずに旋回。
縦へ横へと、体をよじりながら斧槍を止めることなく振るい続ける。
その姿に言葉を失う冒険者達。
「『その刃、熾烈なる旋風の如く』!」
ディアスは眼前のリザードマンを斬り伏せた。
ディアスの周囲には数体のリザードマンの死体が転がっている。
アーシュはエミリアとディアスの倒したリザードマンの数をそれぞれざっと数えた。
次いで短剣を左手に持ち変えると、先ほど置いた剣を取って。
周囲を見回すと少し先にアーシュに背を向けている個体を見つける。
「よし、おれも!」
剣を構え、背中を向けるリザードマンへと駆け出すアーシュ。
ディアスは新たにリザードマンを斬り伏せると、走り出したアーシュに気付いた。
その先に立つ、背を向けたリザードマンを見て。
「止まれ、アーシュ!」
ディアスはすかさずアーシュの方へと向かうが、行く手を2体のリザードマンが遮る。
アーシュはリザードマンの背中目掛けて剣を振るった。
「『その刃、竜巻の如く』……!」
剣の操作による加速を上乗せした斬擊。
だがリザードマンはさらりとその攻撃をかわした。
次いでリザードマンは振り向き様に。
空振りして体勢を崩したアーシュ目掛けて無骨な剣を振り下ろす。
「アーくん!」
エミリアが気付いて叫んだが、距離があった。
間に合わない。
その時、颯爽と影が躍った。
その術者はあろうことか杖を投げ捨て、拳を構えて。
「『美麗な私の魔物砕き』……!!」




