5-7
階段の前に立つと、冷たい風が階段の先から吹き上げてきた。
その先に視線を向けると等間隔に壁に並んだ松明の火が風に煽られて、ゆらゆらと踊っている。
ディアス達はゆっくりと階段を降りていった。
緩やかな階段を進んでいくと徐々に空気が湿り気を帯びてくる。
「エミリア、前を任せていいか」
ディアスが訊くとエミリアはうなずいた。
その手に青のハルバードの召喚すると先へと進む。
その後ろを進むのがアーシュ。
アーシュは右手で短剣を抜くと左手に握らせて。
力なく垂れ下がる左腕だが、剣をかろうじて握れていた。
次いでアーシュは片手剣を抜くと右手で構える。
ディアスも背負っていた長剣を抜いた。
階段の先を睨んで。
「次の階層はスルーしてそのまま下の階層へ向かう。最短距離で地下4層を越えて5層目から探索開始だ」
「はーい」
「分かった」
エミリアとアーシュが答える。
「アムドゥスは見える範囲で魔物とアイテム、トラップの把握を頼む」
「あいよ、ブラザー」
アムドゥスはディアスに答えると額の眼に集中。
その瞳に7色の幾何学模様が走った。
ディアスのフードの陰から周囲に視線を走らせる。
ディアス達は地下1層に到達した。
左右に薄暗い通路が伸びて。
だが、ディアス達はそのままさらに階段を下へ。
地下1層より下に階段を進むと、石を詰んだ壁面には水が滴っていた。
階段の表面には苔が生え、つるつると滑る。
「足元滑るから気を付けてね」
エミリアが言った。
「アーくん」
次いで名指しする。
「うん。…………うん? おれ?」
首をかしげるアーシュ。
だが言っているそばからアーシュは足を滑らせた。
すかさず振り返ったエミリアがアーシュの腕を掴んで支える。
「けけけ。気を付けてね、アーくん」
エミリアが笑いながら再度言った。
「もちろんディアスもだけど、アーくんは特に気を付けないとだよ」
「あはは……。ありがとう、エミリア」
アーシュは苦笑しながら答える。
「どういたしまして」
エミリアは軽く会釈すると再び階段を降りていった。
しんがりのディアスは階段の先を睨みながら。
「階段を降りたら階段の裏に回り込んで、その先の分かれ道を右だ」
「はーい」
ディアスにエミリアが答える。
エミリアは階段を下り終えた。
その裏側へと回り込む。
──その時、死角から振り下ろされる影。
わずかな音を捉えて。
エミリアはとっさにハルバードを振り上げた。
甲高い音と共にそれを弾き返す。
弾いたのは鉱石を荒く削り出した無骨な片刃の剣だった。
切っ先のない鉈のような様相の武器。
エミリアは自身に向けて振るわれた得物から、その持ち主へと視線を移す。
それは小さな頭と長い顎、縦長の鋭い瞳持ち、その体のほとんどは青緑色の分厚い鱗に覆われていた。
その身の丈は2メートル近くあり、手足はすらりと長い。
その細身な体つきとは不釣り合いな太くて長い尻尾が伸びている。
「けけ、リザードマンかな。前に見たのよりも細身なんだね」
エミリアは対峙する魔物を見て呟いた。
「エミリア! 大丈夫?!」
アーシュが慌てて階段の裏へと回り込む。
エミリアはアーシュに答えるよりも早く。
振り上げたハルバードをすかさず振り下ろした。
リザードマンはその手に握る剣で受け止めようとして。
だがエミリアの一撃はリザードマンの剣を砕き、その首元から胸にかけてを深々と抉る。
リザードマンは膝を折り上体を崩して。
その目が驚きに見開かれた。
エミリアへと視線を向けると、フードの下の冷たく光る赤い瞳と目が合う。
リザードマンは最後に人語とは異なるなにかを呟くと絶命した。
エミリアはリザードマンの胸から斧槍を引き抜くとアーシュに振り返って。
「うん。大丈夫だよ、アーくん」
エミリアは事も無げにアーシュに答える。
ディアスはエミリアの倒したリザードマンを見下ろして。
「敏捷型のリザードマンだな。力は他のリザードマン種と比べると非力だが、道具の扱いと仲間との連携が得意だ。見たところ鱗も厚い。エミリアなら問題ないだろうが、アーシュは鱗の薄い間接周りや喉元を狙った方がいいな」
ディアスは長剣の先でリザードマンの鱗を叩いた。
コツコツと音が響く。
次いでディアスは膝裏、肘、脇、喉に剣の切っ先を突き立ててアーシュに示した。
アーシュは恐る恐るリザードマンへと剣を振り下ろしてみた。
エミリアのハルバードの傷の隣に剣を打ち付けて。
だがその刃は鱗に阻まれる。
アーシュはエミリアの与えた深い傷と、自身が鱗につけた傷を見比べて。
「エミリアって強いなーとは思ってたけど、本当に強いんだね」
アーシュが感心したように言うと、エミリアは胸を張って。
「あたし自身とあたしのボスのタッグで戦うのがあたしの魔宮の戦い方だったからね。同ランク帯の魔人相手なら真っ向勝負なら負けない自信があるよ。けけけけけ」
「おれは『その刃、竜巻の如く』使ったら倒せるかなぁ」
「剣次第かもな」
ディアスが言った。
「鍛造剣は使えば切れ味もどんどん落ちるが、ちゃんとしたものを選べば手入れさえ怠らなければ切れ味がいい。ソードアーツを使うために魔宮生成武具に切り替えると切れ味が落ちたなんてのもざらな話だ。習熟が進んで『その刃、熾烈なる旋風の如く』になればあまり剣を選ばずに渡り合えると────」
ディアスはそこで突然言葉を切って。
周囲に視線を走らせる。




