5-1
────コンコン、とノックの音が響いた。
ディアス達の視線が一斉に部屋の扉へと注がれる。
ディアスは周りに目配せすると、フードを目深に被った。
静かに木製の扉に近づいて。
腰に差した剣に右手をかける。
すると再びノックの音。
先程よりも心なしか強くドアを叩いている。
ディアスは歩きながら静かに剣を抜いた。
「…………酷い音だなー」
扉の先から男の声。
「刃こぼれは無数。亀裂は3本? ほとんど折れかかってる」
ディアスは男の声を聞くと、ぴたりと足を止めて。
次いで振り向いて剣の切っ先で窓を示した。
すぐに視線を戻して扉に警戒を向ける。
エミリアはうなずくと静かに荷物を持ち、アーシュの手を引いて窓の方へと向かった。
物音を立てぬよう慎重に部屋を進み、窓へと手をかけて。
だがその先に現れる人影。
その男は窓の外から部屋を覗きながら。
「ちょっと、さっきからノックしてたんだけど」
男は気だるげな表情で窓を開けた。
エミリアとアーシュは後ろへと下がる。
男は部屋の中へと入ってきた。
男は緑色の瞳で部屋の中を見回して。
警戒するエミリアとアーシュ、そしてディアスを見ると首をかしげる。
「あれ君、見ない間に変わった? 自分の事で精一杯で、子供の面倒が見れるようなタイプじゃなかったと思うけど」
男は結わえた長い襟足を撫でると言った。
親しげにディアスに話しかけるが、その手は腰に吊り下げた歪な剣に添えられている。
「何の用だ、サイラス」
ディアスが言った。
警戒したまま右手で剣を構える。
その剣の有り様を見ると、その男──【黄の勇者】サイラスは眉根を寄せてディアスを睨んで。
「君に預けた剣、返してもらうよ。もう君には不要だろう?」
サイラスは手を差し出すと続ける。
「剣を返せ」
「…………」
無言のディアス。
サイラスはその姿を見ると肩をすくめて。
「うんうん。君は変わってないね。落胆と同時に安心したよ。でも自分の姿を見てごらん」
サイラスはディアスの全身を見る。
「永久魔宮化の第1段階だっけ。体の大半がもう刀剣に侵されてる。そして左腕もない」
ぼろぼろに破れたマントの下。
ディアスの左肩からは剣の切っ先がいくつも突き出ているが、その先には腕がなかった。
そして自食の刃の侵食は大きく進行しており、右目の眼球は赤い瞳を避けて金属へと変質している。
「剣を返せばこの場は見逃してあげる。俺の目的はあくまで剣だ。俺は俺の剣を持つのにふさわしくない相手から剣を回収したい。それだけだよ。どうせ先の短い命だ。その子供達と僅かな余生を楽しむといい」
サイラスが言うとディアスは首を左右に振って。
「俺は黒骨の魔宮を次こそ攻略する。俺をこんな身体にした落とし前はつけさせる」
「嘘ばっかり」
サイラスは半眼でディアスを見ながら言った。
その声音は実に冷めきったもので。
「本気で再攻略を狙うのなら早いうちにパーティーを揃えて挑むだろう? その姿を見るに君にとって魔人の力は有限だ。なのに君はそれをしていない。そして気づけば身体はぼろぼろで、まともに動けもしない────」
サイラスは腰に下げた歪な剣を抜いた。
刃も切っ先もない平坦な剣身と、柄の先に鎚をあしらったサイラスの得物。
ディアスが剣を振るうより早く。
サイラスは剣の柄の先にある古めかしい鎚を打ち付けた。
ディアスの握る剣の刃に鎚が叩きつけられると、火花と共にその剣身が消える。
ゴトンという鈍い音と共に金属の玉が床に転がった。
その剣身だったものをサイラスは見下ろして。
「俺は剣の調整のために君の連続剣の仕組みを教えてもらった。だから君が魔人に堕ちた段階でそれが使えないのを知ってる。なのになんで君が姿を消してから7年も経つのに、未だに俺の剣を使っていた。そんなぼろぼろな姿になるまで」
ディアスは柄だけになった剣を手元から滑らせるように落とした。
そのまま次の剣を抜いて。
だがその剣身もサイラスの鎚に触れると形を失い、金属の塊と成り果てて床に転がる。
「君は過去にすがったまま。前へと踏み出せていない。そして二の足を踏んでいる間に7年が経った」
ディアスはなおも次の剣を抜いて。
だがそれもサイラスの手で形を失う。
サイラスは腰に吊り下げていた柄だけの剣を取った。
同時に金属の塊を取り出して。
鎚を振るう事1回。
平坦な剣身でなぞる事2回。
瞬く間に形成、研磨された紙のように薄く鋭い刃がディアスの喉元に突きつけられる。




