4-43
エミリアはアーシュの操る刀剣の嵐の中へと飛び込んだ。
最小の動きで剣をかわしながらデュマエラ=イーヴァへと肉薄。
その赤い瞳が肩越しに背後を横目見て。
次いでその小さな体を屈めた。
体を低くしながら青いハルバードを振りかぶる。
その背後から風切りの音。
飛来した剣がエミリアの頭上を過ぎ去った。
デュマエラ=イーヴァはその剣を弾いて。
それと同時にエミリアは振りかぶった斧を振るう。
デュマエラ=イーヴァは両剣でエミリアの斧槍を受け止めた。
「────!」
だがその表情が険しく歪んで。
次いで押し負けたその身体が後方へと吹き飛ばされる。
エミリアは振り抜いた斧槍の勢いを殺すことなく爪先を軸に旋回。
そのまま重心を爪先から踵へと移すとなおも回って。
そしてその速度が最高潮に達したところで、エミリアは得物を頭上へと勢いのままに放り投げた。
凄まじい勢いでエミリアのハルバードが天井を次々と破る。
「嬢ちゃん!」
アムドゥスはハルバードを追うように上へと飛び立った。
その体にエミリアが飛び付く。
「くそガキ!」
アムドゥスが言うとアーシュは刀剣の軌道を上へと次々に向けた。
降り注ぐ瓦礫を斬り刻む。
────そのあとを追って。
背中から伸びる黒い尾を叩きつけ、その反動で上へと跳ぶ黒い影。
同時に右腕をかざした。
その右腕が蠢くと竜の首へと変わる。
生気を失った、崩れかけの竜の首。
だがレオンハルトは気にする事なくその大顎を開く。
「アムドゥス、俺の左肩を────」
ディアスが言い終わるより早く、アムドゥスはディアスを盾にした。
レオンハルトの右腕の先に伸びる竜の首がディアスの左肩に食らいつく。
ギチギチと刃が軋む音。
レオンハルトは背中の尾をアムドゥスに絡み付けた。
次いで竜の歯牙がディアスの肩を象る自食の刃を食いちぎる。
バリバリと無数の刀剣を咀嚼する竜の顎。
引きちぎれ、落下するディアスの左腕。
レオンハルトは左手でそれを掴むと口へと運んだ。
腕の肉を食む。
「今は殺さない。代わりに手足は全部喰わせてもらう」
レオンハルトが言った。
ディアスの腕を喰いながら、再び竜の首を繰り出そうと構える。
「死ぬぞ」
ディアスがレオンハルトに言った。
「オレには耐性がある」
にやりと笑うレオンハルト。
だがディアスもまたにやりと笑みを浮かべて。
「ククッ、口に入れるものは確認しないとな」
ディアスはレオンハルトからその右腕の先の竜の首へと視線を移した。
レオンハルトは右腕に違和感を覚えて。
次いでその腕の中を這い回る感触。
そしてその感触はすぐに激しい痛みへと変わった。
竜の口の中から無数の根や蔦が伸び、鱗の隙間や光を失った眼孔からは枝が生える。
「ケケケ。そのままにしてた魔物の種子か役に立つとは思わなかったぜぇ、ブラザー」
アムドゥスが上へ上へと飛翔しながら言った。
「魔王の魔物のものだ。そのままにしてたら死ぬぞ」
ディアスがレオンハルトに言った。
「魔王の……それはまた、ひどい付け合わせだ」
レオンハルトはそう言うとディアスの左腕を投げ捨てた。
左手で右腕を掴むと、接合部が脆くなっていたその腕も引きちぎって投げ捨てる。
レオンハルトは落下する右腕から視線を戻して。
だがその先には宙へと跳んだエミリアの姿。
その瞳に灯る赤い光が輝きを増して。
「顕現して、あたしの『在りし日の咆哮』!」
エミリアは空中に石畳の魔宮を展開した。
すかさずエミリアは石畳をレオンハルトに向けて蹴り飛ばす。
エミリアに蹴られて加速し、落下する石畳。
ゴンと鈍い音を上げながらレオンハルトは魔宮に衝突した。
その衝撃にアムドゥスへと絡み付けていた黒い尾が外れると、レオンハルトは魔宮と共に下の階層へと落ちていく。
「けけ、これて追手は最後?」
エミリアは再びアムドゥスに飛び付くと訊いた。
「あとは街の迎撃用の弩弓がある」
ディアスが言った。
「アーくん、頑張って────」
エミリアはそう言いながら頭上へと視線を向けた。
勢いを失い、自然落下してくるハルバードを捉えるとそれをキャッチ。
アムドゥスがその重さで一瞬減速する。
「あたしも少しは手伝うから」
エミリアは片手でアムドゥスの羽を掴んで体勢を整えると、片手でハルバードを構える。
「いてててててっ! 嬢ちゃん、俺様の羽がむしれる!」
アーシュの返事よりも先にアムドゥスの痛みを訴える声。
「けけけけけ」
だがエミリアは笑うだけだった。
「…………うん」
アーシュが遅れて返事をした。
その意識のほとんどは剣の操作に注がれている。
そしてアムドゥスはついに高い尖塔の先から城の外へと出た。
眼下にはガス灯の火が灯る街並みと、明々と燃える炎を纏った弩弓の矢。
アムドゥスは全速力で空を駆け抜けた。
迫り来る火矢をアーシュの『その刃、嵐となりて』とエミリアの斧槍が斬り払う。
街の城壁の外へと抜けたアムドゥス達。
その姿が深い闇の先へと消えるのをデュマエラ=イーヴァが苦々しく、レオンハルトは苛立たしげに見ていた。
その翌日。
レオンハルトは街をあとにした。
その背には愛用の大剣を背負い、その右腕には義手がはめられている。
街から少し離れたところで、レオンハルトは行く手にランタンの明かりと小さな馬車を見つけた。
その馬車には薄汚れたコートを着た、ヤニまみれの歯でにやりと笑う老人。
そして長い黒髪をツインテールにした、凛とした黒い瞳の少女が乗っている。
「なんでここにいる? ドクター。フェリシアも」
レオンハルトは馬車の前まで来ると訊ねた。
「黒の勇者様をお待ちしておりました」
フェリシアが答えるが、レオンハルトはそうじゃないと頭を振って。
「なんでオレを待ってたのか聞いてるんだが」
「誰とは言いませんが、とあるこわーい方に手酷く仕置きを受けたあとにこう問われたのです。反逆者として死罪を甘んじるか、家の名を捨てて黒の勇者のお供として旅に同行するか、寛大な俺は好きな方を選ばせてやろう、と」
「で、お供を選んだと」
「はい。全く選択肢になっていません」
フェリシアはむーっと頬を膨らませる。
「ちなみに却下された場合もわたし死罪にされるので。黒の勇者様にも選択の権利はありません」
「…………ドクターは?」
「わしは次期国王からの要請じゃ。お前さんの剣の中身の残りの破片を譲り受けた代わりにお前さんの体のメンテナンスをする条件じゃ」
「あるのか、あれが」
レオンハルトが訊くとドクターは馬車の中へと目を向けた。
レオンハルトに視線を戻すとヒッヒッヒッと笑う。
「ちなみに黒の勇者様がこっそり街を発つのもバレてましたよ。なので先回りを命じられてここで待っていたわけですが」
フェリシアが言った。
レオンハルトはため息を漏らして。
「あのクソ兄貴」
「クソ兄貴! クソ兄貴ー!」
フェリシアがレオンハルトに続いて言った。
その顔は心なしかすっきりとした様子で。
「さあ、それでは行きましょうか、黒の勇者様!」
フェリシアはとんとんと自分の隣の座面を叩いた。
レオンハルトは肩をすくめるとフェリシアの隣へと腰をおろす。
「で、まずはどこへ向かうんじゃ」
ドクターが訊いた。
レオンハルトが行き先を答えて。
ドクターは握っていた手綱を操り、馬車が走り出す。
閲覧ありがとうございます。
次の章ではディアス達の前にある来訪者が現れます。
その後ディアス達は装備の増強のため永久魔宮へ。
リザードマンの魔宮を進むディアス達に、次は予期せぬ再開。
その人物をパーティーに加え、下層へと向かっていくディアス達。
だがディアス達は気づけば別な魔宮へと迷い込んでいて……?
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