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「……ここはどこじゃ?」
ドクターが呟いた。
ディアスの姿を見つけると視線を向ける。
「城の東側にある広間だ」
ディアスが答えた。
「城じゃと? なんで城に」
「さぁな」
ディアスドクターには目もくれず、エミリアのもとへ。
ディアスはエミリアを抱き起こした。
優しく肩を揺さぶって。
「エミリア。起きろ、エミリア。アーシュも」
ディアスはアーシュに視線を向けた。
左腕の治療を受けた時の半裸のまま、冷たい檻の床に横たわるアーシュ。
その左腕は元通り繋がっていた。
外傷も特に見受けられない。
アーシュはディアスが見つめている前でむにゃむにゃと寝言を言った。
その様子を見てディアスは安堵のため息を漏らす。
「…………ディアス?」
エミリアが言った。
ぼんやりとした目でディアスを見上げている。
「エミリア、目が覚めたか」
ディアスはエミリアの顔を覗き込んだ。
その後ろで、ドクターが静かに立ち上がる。
「ケケケ。無事かい、嬢ちゃん」
アムドゥスが訊いた。
「けけ、あたしは大丈夫。…………それより聞いて、ディアス!」
エミリアはハッとするとディアスの肩を掴んで。
「あたしをここに連れてきたのは────」
「わしじゃよ」
ディアスのすぐ後ろからドクターの声。
ディアスが振り向くよりも早く。
ドクターはディアスの首筋に薬を打ち込んだ。
痺れるような痛みが首筋に走ると、その痺れが全身に広がって。
「……く、そ」
ディアスは身体の感覚を失う。
すかさずドクターは懐から短剣を取り出した。
ディアスの背中目掛けて短剣を振り下ろして。
次いで柄に力を込めるとポキリと刃と柄の接合部が折れる。
エミリアは体勢を崩したディアスを支えた。
ディアスはエミリアに抱き抱えられながらも、その目に灯る赤い光を燃え上がらせて。
────だが何も起こらない。
ディアスの『千剣魔宮』の展開は不発に終わる。
「ブラザー、背中の剣だ」
アムドゥスが言った。
額の瞳に7色の光が走って。
「ケケ、観測完了。案の定、魔封じの剣だ。低クラスのもんだがディアスの刃は魔宮のギミック扱いだ。魔封じの剣で封殺できる」
「エレちゃんから戦闘の様子は聞いておったからの。魔宮の展開が無かったとなると、それがギミックと推察するのは難しくないわい」
ドクターはエミリアへと視線を向けて続ける。
「ヒッヒッヒッ。そして魔人堕ちは人間の食べ物を口にする事に抵抗がないからの。水に薬を盛ったら簡単に飲みおったわ。ヒヒッ、仮にもわしは医者じゃからな。麻痺薬も眠り薬も蓄えはたくさんあった」
「目的は……なん、だ」
ディアスが訊いた。
「正直、わしはお前さんがたに用はない。用があるのは」
ドクターは檻の外へと視線を向けた。
その先からはきらびやかな鎧を纏った男が現れる。
その男は背後に幾人もの兵士を連れていた。
先頭を歩く男が歩みを止めると、兵士が左右に列を作って並ぶ。
「第1王子殿下に敬礼!」
兵士の1人が言った。
その声に合わせて兵士の一団が敬礼する。
第1王子はディアスに視線を向けて。
「俺がレクシオン家の嫡男──デュマエラ=イーヴァ・レクシオンだ」
「魔人と通じていた王子か」
ディアスが言うとデュマエラ=イーヴァは首を左右に振った。
「フフッ、人違いだな。王子は1人ではない。魔人と共謀していたのは俺の弟の方だ。もっとも、その弟と魔人は末弟のレオンハルトによって討たれたようだが」
フェリシアによって王子が魔人と共謀していると知った時、衛兵が口にしたのは『…………だがそれはどちらの?』という確認。
フェリシアが衛兵に解答すると、レオンハルトはその性格や普段の言動、行動から第2王子であることは聞くまでもない旨を言って。
レオンハルトの言葉に他の衛兵達も納得していた。
「……で、その第1王子様の目的は」
「お前だ、白の勇者。いや、元勇者か」
デュマエラ=イーヴァはにやりと笑って。
「勇者の魔人堕ちという存在。これは政略的に強力なカードになる」
「ククッ、俺を勇者に推薦した組織をゆするつもりか」
デュマエラ=イーヴァは、ほくそ笑むだけで答えない。
「やめておけ。他の派閥や組織なんかならともかく、あそこの爺はそういった交渉には乗らない。機嫌を損ねたら単騎でこの国を潰しに来てもおかしくないぞ」
ディアスが苦笑混じりで言った。
「俺も【嵐の覇王】に直接喧嘩を売るつもりはないさ」
デュマエラ=イーヴァは肩をすくめる。
ディアスはちらりと肩のアムドゥスを横目見た。
その視線にアムドゥスが視線を返すが、小さく首を振る。
エミリアはディアスのマントを気付かれないよう小さく引いた。
エミリアが目でアーシュを示して。
ディアスがアーシュを見ると、困惑気味のアーシュと目が合う。




