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4-38

 レオンハルトはフェリシアを座らせると立ち上がった。

階上にいるレディに向かって歩みを進める。


「…………戦わないのか」


 レオンハルトがレディにいた。

階段を上っていく。


「逃げないのか」


 レオンハルトがレディにいた。

階段を上り終える。


 レオンハルトはレディの前で立ち止まった。

その左腕が異形のものへと変わって。

黒い鱗が腕を覆い、4本のあしゆびの先には銀色の鋭い爪が伸びる。


 レディはレオンハルトの左手へと視線を向けた。

だが彼女は無防備のまま。

穏やかな顔で最期の時を待っている。


「分からないな。なぜ戦わない。なぜ逃げない」


 レオンハルトは再度()いた。


わたくしは戦う意義を無くしました。それを求めるためだけに生き続ける事にも疲れ果てましたわ。わたくしわたくしの存在意義を見いだせない。だからもうよくてよ」


 レディが答えるとレオンハルトは哀れみの目でレディを見て。


「お前、誰かに必要とされたかったのか。魔人なのに」


「…………」


「でも誰からも必要とされなかった。だから個に執着がないと言って自己を放棄した。その結果がお前なのか」


わたくしの辛さを一番理解できるのはわたくしですわ」


「それは間違いないだろうな。だがそれでお前の心の空白は埋まったか。埋まらなかったんだろ」


「ええ」


 レディはうなずいて。


わたくしと呼ぶ自分の人形に囲まれて、分かっているよと慰められて、そのうち人形と自分の区別もつかなくなった。だから『わたくし』は自ら命を絶った。自分が必要ない存在だから、その代わりを人形わたくしに押し付けて」


「だからお前ら人形は代わりがいるから消えてもいいと言いながら存続を続ける。誰かに必要とされたいっていう願いが叶うのを待ち続けていた」


「でもそれももう疲れましたわ。わたくしは代えの利く存在。いてもいなくても変わらないもの」


「それは違う」


 レオンハルトはレディの言葉を否定して。


「この世界にはたくさんの人間がいる。魔人も。同じ存在は2人といないが、同じ役割をこなせる存在ならいくらでもいるだろう。でも、それでも何かを成し遂げたなら、それを成し遂げたのはお前だった。他の代わりができた誰かじゃない」


 レオンハルトは床に転がっていたハサミを拾い上げる。


「だからお前は自分に意味なんてないと人形を残して消えるんじゃなく、必死に抗って何かを成し遂げるべきだった。その成し遂げた自分を誇るべきだった」


 無言でレオンハルトを見つめるレディ。


 レオンハルトはその視線を見返しながら言う。


「オレと戦い、敗れる魔人はいくらでもいる。でもだからこそ自己を主張しろ。最後まで戦い抜いたのは自分なんだと。今この場で相対し、戦った自分を誇れ」


 レオンハルトはハサミを投げた。

レディの足元にハサミが転がる。


 いでレオンハルトは左手をレディに向けて。


「オレはお前を喰い殺す。代わりの人形のまま果てるな。自己を叫び、1個の存在として──死ね」


 レディはゆっくりてハサミを拾い上げた。

そのハサミを構えて。


「自己を叫び…………まぁ最後くらい悪くないですわね」


 レディはレオンハルト目掛けておどりかかった。

構えたハサミをレオンハルトの首筋目掛けて振るう。


 レオンハルトは左手でハサミの刃をいなした。

いで背中から黒い鱗に覆われた尾を出して。

レオンハルトは体をよじると黒い尾を横薙ぎに振るう。


 レディはいなされたハサミをすかさず振りかぶった。

迫り来る黒い尾をい潜ってかわすとハサミを振り下ろす。


 レオンハルトは左手でそのハサミの切っ先を掴んだ。

左腕に力を込め、ハサミごとレディを投げ飛ばす。


 吹き抜けの先へと落下するレディ。

レディは空中で体をひるがえすと着地した。

頭上へと視線を上げて。


 その先からは手すりを飛び越え、レディへと飛びかかるレオンハルトの姿。


 レオンハルトは黒い尾の切っ先をレディに向けながら降下する。


 レディは横に跳んでかわした。

床へと突き刺さるレオンハルトの黒い尾。

レディは肩から転がって着地するとすぐさま駆け出す。


 レオンハルトは走るレディを目で追って。

その眼孔がんこうに移植したバジリスクの瞳に意識を集中させ、青と灰色の閃光を放つ。


 その間際。

レディはレオンハルトに向かって一気に距離を詰めて。

レオンハルトの眼前にたずさえた銀のハサミをかざした。

レオンハルトの青い瞳から放たれた光がハサミに反射する。

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