4-37
「フェ、フェリシア王女……!」
「王女殿下!」
衛兵の1人が武器を投げ捨てて走った。
フェリシアを受け止める。
衛兵はぐったりとしたフェリシアの顔を。
次いでその胸から拡がる鮮血を見て。
「き、貴様────」
王子へと視線を向けた衛兵。
だが顔を上げた衛兵の顔を鋭い閃きが貫いた。
「衛兵風情が誰に口を利いている」
王子は剣を衛兵の顔から引き抜いて。
「無礼者めが。この俺に歯向かう者は、すべからく死を以て償うがいい」
王子は抱き抱えられたフェリシアごと衛兵を蹴り倒す。
「…………お兄様」
消え入りそうな声でフェリシアが言った。
フェリシアは自身を受け止めてくれた衛兵の亡骸の上に力なく横たわっている。
「まだ生きていたか」
王子は嗜虐的な笑みを浮かべながら剣を構えた。
────その頃レオンハルトは尖塔の下敷きになっていた。
今にも消え入りそうな意識。
潰されている腹から下の感覚はなく、その身体からはみるみる血が失われていくのを感じている。
レオンハルトはわずかに動く左手を、前へ前へと歯がゆいほどゆっくりと繰り出していた。
霞む視界。
その先には得物である大剣の柄。
だがついに腕を伸ばしきっても指先に掠りもしない。
レオンハルトは舌打ちを漏らした。
そしてその視界は闇に飲まれ、意識がついに遠退いていく。
絶命寸前のレオンハルト。
その前へと来ると大剣の柄を握って。
「これは貸しだ」
そう言うと大剣の魔力を解放する。
「ソードアーツ『再生の剣、切り開く活路』」
肉体の再生を。
傷が治癒していくのを感じて。
急速に浮上するレオンハルトの意識。
レオンハルトはその目に光が戻ると、傍らに突き立てられた大剣を。
次いで背を向けて遠ざかる、きらびやかな鎧を捉えた。
「礼ならいらんぞ。この貸しの返済は働きを以て返すといい」
レオンハルトに背中を向けたまま放たれた言葉。
レオンハルトはうなずくと頭上へと視線を向けて────
フェリシアへと向けられた刺突剣の切っ先。
その刃が繰り出されるよりも早く。
尖塔内部の壁を這うように駆け上がり、レオンハルトが屋根を突き破って跳んだ。
横たわるフェリシアと刺突剣を繰り出そうと構える王子を捉えて。
レオンハルトの青く光る瞳に走る、焼けるような熱と鋭い痛み。
そしてその瞳から青と灰色の閃光が瞬く。
放たれた光は王子を捉えた。
その身体が動きを止める。
レオンハルトは着地と同時に床を蹴った。
まだ大剣の刃にソードアーツの癒しの光が纏っているのを横目見るとその刃をフェリシアにかざして。
そこから緑の光の粒子が放たれ、フェリシアの胸の傷口へと吸い込まれる。
レオンハルトはさらに数歩床を蹴り、身動きの取れない王子へと接近。
跳躍すると王子の肩を蹴ってその体を押し倒した。
その胸に緑色の光を纏う大剣を振り下ろし、その体を床へと縫い付ける。
「…………ぐ、レオンハルトォォオ!」
肉体の自由を取り戻した王子が叫んだ。
胸に突き立てられた刃は王子にとって致命の一撃。
だがそれと同時にその大剣の力によって王子は生かされていて。
胸を貫かれた激しい痛みに襲われるが、その身体は死ぬことを許されない。
王子は痛みに顔を歪めて。
自身の胸に突き立てられた刃を引き抜こうともがくが、大剣はびくともしなかった。
何度も血を吐きながら痛みに悶える。
レオンハルトはフェリシアの身体を抱き起こした。
「お兄ちゃん」
フェリシアはレオンハルトの顔を見上げて呟いた。
「無事か、フェリシア」
「…………ん。大丈夫みたい」
フェリシアは貫かれた自身の胸に手を当てると答えた。
それにレオンハルトはほっと息をつく。
レオンハルトとフェリシアは王子へと視線を向けた。
王子は顔を歪めてのたうち回っていて。
「うぅぅ…………レディ! レディ!」
王子は階上の上で佇むレディを呼んだ。
「助けてくれぇ! さっきは俺が悪かった。今こそ君の力が必要だ! 頼むレディ、俺の麗しのレディよ……!」
「…………」
レディは答えない。
冷たく光る赤い瞳で王子を見下ろしている。
「レディ、約束はどうした! 君は俺を王にすると約束したはずだ! そのためには君の力が必要不可欠。この状況を見てくれ! 俺はこのままでは殺されてしまう!」
「…………」
レディはなおも答えない。
その瞳に宿る輝きがより冷ややかなものとなり、王子に蔑むような眼差しを向ける。
「レディ! レディレディレディレディレディ…………!!」
王子は必死の形相でレディを呼んだ。
その間にも大剣に纏う癒しの光は消費され続けていて。
その輝きはみるみる減っている。




