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城の一角に展開され、維持されたままだったレディの魔宮。
それが魔結晶を失った事で消え去ると、その上にあった大きな尖塔が支えを失って崩落した。
広間の天井を破り、それは瓦礫と共にレオンハルトとレディの頭上へと落ちる。
フェリシアと衛兵達も崩落に巻き込まれて。
王子と兵士達は武器を構えたまま様子を窺っていた。
広間に立ち込める粉塵。
尖塔が広間を貫通して城の一階まで貫き、階段の上に居た王子達の目の前にまで尖塔の屋根が降りてきている。
「おい」
「ハッ! スペルアーツ『生者の標』」
王子が言うと兵士が応えた。
スペルアーツでレオンハルトやフェリシア、衛兵達の生死を確認する。
「……馬鹿な!」
スペルアーツを唱えた兵士は驚きの声を漏らした。
「残存23! 全員、生きてます……!」
「あの状況でか?」
「ハッ!」
王子は兵士を睨み付けた。
次いで崩落したホールへと視線を戻す。
徐々に粉塵が晴れて。
「……フェリシアめ」
忌々しげに呟く王子。
王子の視線の先には無数に展開された光の盾。
それらが折り重なって瓦礫を受け止めていた。
「王女殿下! あまり無理をなさっては!」
衛兵の1人がフェリシアに言った。
「わたしは大丈夫です!」
フェリシアが衛兵に答える。
フェリシアは凛とした黒の瞳で階上の王子を見据えた。
その視線を受け、王子はその顔を怒りに歪めて。
「その目で──母上と同じ目で俺を見るな! お前さえ生まれなければ母上は死ななかったんだ!」
激昂する王子。
フェリシアは王子の言葉を聞いて。
「わたしはお母様の命と引き換えにこの世に生を受けました。でも。だからこそわたしはお兄様を止めなければなりません」
フェリシアは王子へと手をかざした。
スペルアーツを発動する。
「『爆発魔象』!」
スペルアーツによる爆発。
その起点を捉えた兵士達はその四方を取り囲んだ。
携えた大きな盾を構える。
兵士はその盾でフェリシアの放ったスペルアーツの爆発を押さえ込んだ。
王子はそれを横目見て。
「フェリシアにはまだ余力が残っている。レオンハルトも死んではいない…………。あの女め! 役立たずにもほどがある!」
「────申し訳ございませんわ」
物陰からの声。
そちらへと王子が顔を向けると、レディが柱の裏から現れた。
一糸纏わぬその姿を王子は半眼で見つめて。
「何をしに出てきた」
「王子様の助力になるために」
「助力?」
王子は鼻で笑うと続ける。
「お前は魔宮の展開がまだ出来ぬ未熟な個体であろう」
「ええ」
「魔宮の展開の出来ぬ魔人に何ができる。他にお前の成熟した個体はいないのか?」
「申し訳ございません。今は私のみですわ」
「使えぬ女だ」
「ですが私はまだ戦えます」
レディは得物でえる銀のハサミを構えて。
「私はまだ貴方のお役に立てます」
「要らぬ。貴様はもう不要だ」
王子はそう言うとレディから視線を外した。
フェリシアと衛兵達へと視線を向ける。
「隊列を組め。反逆者共を討ち取るぞ!」
王子は兵士達に指示を飛ばした。
「ハッ!」
兵士達は答えると隊列を組み、階段を駆け降りていく。
そのあとに続く王子。
「お待ちください」
レディは王子を引き留めた。
「貴方には私が必要なのでしょう? 私は約束致しました、貴方を王にすると。そのために私の力が必要だと貴方は言った。さぁ、ご指示を。私が貴方を────」
「くどい!」
王子はレディの言葉を遮って。
「言っただろう。お前は不要だ。むしろ討伐の手間が省けた。もとより俺が王になった暁には貴様も処分するつもりだったしな」
「全て嘘だったと」
「無論だ。ハハッ、だが意外だな。まさか本気にしていたのか? 俺はお前を利用するだけ利用して処分するつもりだった。お前も俺を利用するだけ利用して切り捨てるつもりだと思っていたが。その実、貴様もうぶな小娘の類いだったと。まぁ無理もないか。見た目はどうあれお前は生まれたての赤子も同然なのだからな!」
王子はレディを嘲笑する。
「そうですか」
レディは呟いて。
「でしたら────」
レディは巨大なハサミを振りかぶった。
「もう私も貴方は要りませんわ」




