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その剣が歪に形を変えて。
肥大化する切っ先。
剣身の腹の片面には肋のような装飾が現れ、剣全体に無数の切れ込みが走る。
次いでディアスの身体を蝕み、またその補完をする自食の刃も形を変えた。
人の形を象っていた無数の小さな刃がそそり立ち、その姿を異形へと近づける。
胸から左肩へと伸びる連なる刃。
その無数の刃は肩から大きく張り出すと垂れ下がって。
ディアスの展開していた刃の衣を取り込むと、その姿は翼のようになった。
ディアスの右胸の下からは、鋭い切っ先が次々とよじれるように突き出す。
左の首筋から連なる刃が頬とこめかみへと続き、額に生えた刃が角のように。
そして右腕に刃が折り重なって手甲のようになった。
その側面からは肘の方に向かって大きな片刃が伸びている。
「ずいぶん化け物じみた姿に変わりましたわね」
ディアスの姿を見て、広間の中央にいるレディが言った。
ディアスは手元に残った7本の剣のうち、剣身を完全に失った剣を除く6本を次々と抜いた。
その剣をディアスの身体から伸びる刃が取り込んで。
歪な刀剣の翼に4本。
右腕を覆う刃の手甲に2本の剣が組み込まれる。
魔物は波のように揺らめく自身の髪の中で上下に揺れていた。
髪の陰からぎょろりと見開かれた目がディアスを注視している。
「ケケ。それじゃあ、お前さんの言う戦い方がどんなもんか見せてもらうぜぇ。ケケケケケ」
アムドゥスが言った。
ディアスはアムドゥスを一瞥すると魔物へと視線を戻して。
「俺が戦って見せなくても、お前ならもう俺が何をしようしてるかは分かってるだろ」
「ケケケ、いいからいいから」
アムドゥスは羽を振って、行け行けと促す。
ディアスは振りかぶっていた剣を投げ放って。
「『その刃、疾風とならん』!」
光を纏って加速する剣。
その剣を追うようにディアスは駆け出した。
左肩から伸びる刀剣の翼の切っ先が肉の床の上を走る。
魔物はしわがれた声で叫んだ。
響き渡る絶叫と共に、魔物の髪が躍る。
束ねられた髪がディアスの投げ放った剣の行く手を遮り、その側面に剣が突き刺さった。
そのまま蛇のようにうねりながら床の上を走る魔物の髪。
その髪はディアスの眼前へと迫ると軌道を変えて。
大きく上へ跳ね上がると、ディアスの頭上からその先端を突き出す。
ディアスは左肩から伸びる翼へと意識を向けた。
その翼を構成する刃がギチギチと軋んで。
次いでその翼が動いた。
それは腕のように持ち上がり、そこに備えた鋭い剣で迫り来る魔物の髪を薙ぎ払う。
舞い散る激しい火花。
そしてディアスの剣が与えたダメージが魔力となって。
ディアスは魔物の操る髪を、取り込んだ6本の剣を駆使しながら斬り裂いて進んだ。
接近を拒み、襲いかかってくる魔物の攻撃を斬り払いながら距離を詰める。
そして魔力が充填された剣。
「ソードアーツ────」
ディアスは剣の魔力を、続けざまに解放する。
「『灼火は分かつ』────」
刃に灯る紅蓮の炎。
「『深き闇は裂きて』────」
刃にから立ち昇る暗黒の魔力。
「『鋭き毒、刹那に疾る』────」
刃に走る紫色の閃光。
「『裂き乱る刃風、鮮血の花園』……!」
刃に纏う揺らめく刃風。
ディアスは魔物へと大きく踏み込んで。
体をよじり、大きく振りかぶった刃の翼を叩きつけるように振り抜いた。
その一撃は魔物の武器であり鎧である髪を焼き焦がし、断ち切り、毒で侵し、ズタズタに斬り裂いて。
露になる魔物の本体。
その姿を晒した魔物は再び絶叫した。
無数の髪が放射状に拡がり、その鋭い針のように研ぎ澄まされた尖端がディアスに迫る。
ディアスはすかさず両手で自身の纏う剣を次々と抜いた。
歪な剣がディアスの周囲を旋回して。
「ソード・テンペスト……!」
ディアスが叫ぶと旋回する剣はその速度を増した。
次いで意思を持つように縦横無尽に刃が宙を走り、魔物の攻撃を防ぐ。
ディアスは無数の剣に守られながら跳躍。
そしてその視線のすぐ先には魔物の姿。
ディアスは魔物の骨張った肩を踏んでその体を押し倒した。
手甲の刃を振るってその首を斬り落とす。
胴体から斬り離された頭部が自身の髪の中に埋もれた。
蠢いていた髪がみるみる勢いを失い、最後は力なく床に広がる。
この空間いっぱいに広がった髪はディアスのソードアーツで未だに燃え続け、髪の焼け焦げる異臭が鼻をついた。
ディアスは広間の中央に立つレディへと視線を向けた。
その先から響くパチパチという小さな音。
レディはディアスに向けて拍手をしていて。
「お見事ですわ」
余裕の表情でディアスを称賛する。




