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4-15

 レオンハルトは首を締める右手を引き剥がした。

右腕を壁に叩き付け、力の限り押さえつけて。


「…………」


 レオンハルトは腕を睨みつけ、おとなしくなるのを待つ。


 しばらくして突然右腕は力を失った。

レオンハルトが手を放すと、右腕がだらりと垂れ下がる。


 レオンハルトは大きく息をついて。

いで左手を異形のものから人のものへと戻すと首筋を撫でた。

レオンハルトの首筋にはくっきりと手形のあざが残り、爪が食い込んだところから血が流れている。


 レオンハルトは半眼で右腕を見下ろして。


「そうくなよ。お前の出番はくる」


 レオンハルトは右腕の自由を取り戻すと、調子を確かめるように握って開いてを繰り返した。


 そしてベッドに腰かけるレオンハルト。

ベッドの脇のテーブルに置かれたタオルを手に取ると首筋をぬぐう。


 その時、階段の上から足音が聞こえてきて。


「レオンハルト様、いらっしゃいますか」


「ああ」


 レオンハルトは声に答える。


「今行く」


 レオンハルトは立ち上がった。

手にしていたタオルを乱雑にテーブルの上に投げて。

いで立て掛けていた得物の大剣を肩に担ぎ、階段を上る。


 階段の前には衛兵が1人(たたず)んでいた。

衛兵はレオンハルトを見ると敬礼して。


「追跡部隊の編成が決まりましたので報告にまいりました」


 レオンハルトはうなずいた。

そして衛兵から追跡部隊の今後の予定や城壁内に残る兵の数や配置を確認する。


「…………魔人の追跡部隊は用意が整い次第、すぐに出発になります」


「わかった」


 レオンハルトはそう言うと壁にかけていた黒い革のコートを羽織った。

大剣を背負う。


 レオンハルトは衛兵と共に診療所の出入口へ向かった。

入口の側のカウンターには血飛沫ちしぶきの跡が残っていたが、女性の遺体はすでに運び出されている。


 レオンハルトは診療所の外に出た。

辺りを見回すと、道を巡回していた衛兵達はその姿を消していて。

城壁の上へと視線を向けると、わずかな兵がまばらに配置されているのが見える。


 路地から太い通りへと出ても道に衛兵の姿はなかった。


「やっぱり……さすがに手薄過ぎないか」


 レオンハルトが呟いた。


「これじゃあ魔人を発見したり、魔物の襲撃があっても伝達もままならない。その上、それらの対応も困難だ」


 顔をしかめるレオンハルト。

いで小さなため息を漏らす。


「王子殿下から、街の警戒や問題が発生した際の対処についてはレオンハルト様に期待してるとの事です」


 衛兵はおずおずとレオンハルトに言った。


「あのくそ兄貴、都合のいいときばっかり……」


「レオンハルト様」


「わかってる。今のはなしだ。兄貴には内緒で頼む」


 衛兵はうなずいて。


「それでは私はこれで。担当の持ち場へと戻ります」


「ああ、ご苦労だった。それじゃ人員の交代の際に他の兵を集めてくれ。それまではオレ1人で地上の巡回と魔人の探索を行う」


「ハッ! それではレオンハルト様もお気をつけて」


 衛兵は敬礼するとレオンハルトに背を向け、足早に駆けていく。


 レオンハルトはその背中を見送ると、周囲に視線を走らせながら街の巡回を始めた。

太い通りを進み、路地へと入り、川を渡り、トンネルを抜けて。

街の区画を順番に探索する。


 しばらく街を歩き回っていると、レオンハルトはガス灯の明かりの切れた区画に差し掛かった。

レオンハルトは警戒の色を強め、背負った大剣の柄を握って闇の中へと進む。


 暗闇の中で青く発光する、レオンハルトの眼孔がんこうに埋め込まれたバジリスクの瞳。

上下左右にせわしなく視線を切ると、その瞳の輝きが光の尾を引く。


 レオンハルトは城壁の上に松明の明かりを見つけて。


「衛兵!」


 レオンハルトが城壁の上へと呼び掛けた。


 その声に気付き、城壁の上から衛兵が身を乗り出して。

レオンハルトの青く光る目を見るとその顔が一瞬ぎょっとするが、その正体に気付くとほっと胸を撫で下ろす。


「この区画のは?」


 レオンハルトが頭上の衛兵にたずねた。


「ハッ! 私が持ち場についた時には消えておりました。報告によるとつい数刻前に突然ガス灯のが落ちたとのこと。おそらくガスを供給するパイプのどこかに問題が起きたのかと思われますが、今は人員が城壁外に逃亡した魔人の追跡部隊にてられているため、調査が滞っております」


 レオンハルトは衛兵の言葉に首をかしげた。

周囲に広がる闇を見渡す。


 その時、遠くで空に向けて放たれた火矢がレオンハルトの視界の隅に映った。

レオンハルトは魔物の襲撃を警戒して空を睨んで。

だがその先に魔物の姿がないことを確認すると、火矢の放たれた城壁の方へと視線を下げる。


 そして再び炎をまとった矢が真っ黒な空を裂いた。


「伝令代わりの信号か」


 レオンハルトは左腕を異形化させ、その背からは尾を伸ばして。

黒い鱗に覆われたあしゆびと、同じく黒い鱗に覆われた長い尾を操って城壁の上へと飛び上がった。

城壁の上を駆け抜け、火矢の放たれた方向へと向かう。


 城壁から城壁へと跳び移り、路地へと飛び降りてはまた壁をよじ登る。


 そしてレオンハルトが目的の場所へと辿り着くと、そこには肢体したいをバラバラにされた衛兵と、交戦中の衛兵の姿。


 衛兵の先からは、赤く光る瞳がレオンハルトへと視線を向けた。

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