4-11
ディアスはレオンハルトを。
次いで周囲へと視線を向けて。
橋の左右に備え付けられた弩弓と城門の左右から覗く砲口がディアスを狙い、衛兵もその数を増やしている。
「ケケケ。この辺が潮時だぜぇ、ブラザー」
アムドゥスが言った。
「…………エミリアはまだ無事なんだな」
「ああ。少なくとも生きてはいるぜ」
「やむを得ない、か」
ディアスはもう1度城門の方を苦々しく見上げると後ずさる。
1歩。
ディアスはレオンハルトを睨みながら。
1歩。
左右の弩弓に視線を走らせながら。
1歩。
肩越しに橋の入口を固める衛兵達を横目見て。
次いでディアスは踵を返した。
レオンハルトに背を向けて。
全力で橋の上を疾走する。
「逃がすな!」
「足止めしろ!」
「矢を放て!」
衛兵の怒号。
そして放たれる無数の矢。
左へ。
右へ。
ディアスの赤い瞳が視線を切って。
「『千剣魔宮』」
ディアスは身体をよじりながら跳んだ。
同時に無数の刃を展開。
刃と共に旋回し、放たれた矢を弾き返す。
ディアスは着地と同時に地面を蹴り、陣形を組んで待ち構える衛兵の列へと向かっていく。
「ここは死守しろ!」
「魔人を通すな!」
剣を構え、前へと進む衛兵達。
「ケケ、命を懸けても通さねぇとよ」
アムドゥスがディアスの顔を覗き込んで言った。
「アムドゥス」
「わかってるぜぇ、ブラザー。殺しはなしだろ」
「アムドゥス」
「ケケケ、仕方ねぇなぁ」
アムドゥスは答えるとディアスのフードから飛び出した。
その体躯が瞬く間に巨大なものとなって。
その黒い影を見上げて衛兵達は、おののいた。
肥大化した翼に現れる巨大な眼球。
枝分かれした巨大な角が頭に被る頭蓋骨の左右から伸びて。
頭蓋骨の眼孔から覗く眼にはいくつもの瞳が現れる。
「ケケケケケ! どうだブラザー、俺様のこの姿は。お前さんと契約してた時と違ってここまでの変化ができるぜぇ。まぁ形態の変化だけで、それに見合った出力が出せるわけじゃねぇがな」
アムドゥスがディアスを見下ろしながら言った。
アムドゥスが羽ばたく度に突風が巻き起こる。
ディアスは剣を鞘に納めた。
次いでアムドゥスの足に飛び付いて。
アムドゥスはディアスをぶら下げたまま空へと飛翔する。
「ひとまず街の外へ────」
ディアスはそう言うと眼下へと視線を向けて。
「対空の相手は俺がやる」
城壁の外へと向かうアムドゥスとディアス目掛けて放たれた無数の火矢。
次いで城門の左右に並ぶ大砲からの砲撃が迫る。
それらを睨むディアスの瞳が強く光った。
その全身から生み出された鋭い刃。
その刃の側面から別な刃が伸びると、またその刃の側面から刃が伸びて。
ディアスは次々とそれを繰り返す。
ディアスの操る刃が迫り来る火矢を斬り裂いて。
斬り払って。
斬り落として。
斬り捨てて────
幾重にも伸びた剣身が矢を防いだ。
そして、その切っ先が突き立てられると砲弾が炸裂。
連鎖的に爆発が拡がり、街の上空を爆炎が彩る。
ディアスを連れてアムドゥスは橋から遠ざかった。
だが街に幾重にも張り巡らされた城壁の上には弩弓が並んでいて。
四方八方から雨のように矢が飛び交う。
ディアスは『千剣魔宮』を駆使してそれらを斬り伏せるが、幾度となく展開する刃の生成に魔力を消耗して。
ディアスは自身の魔宮による自食が進んでいくのを感じていた。
自食の刃と接する肉体の断面が激しい痛みと熱を覚え、胸の中の魔結晶が魔力不足を訴える。
「ブラザー!」
アムドゥスは自身の足にしがみつくディアスに声をかけた。
「俺は大丈夫だ。このままいけ!」
ディアスは矢を弾きながら答える。
「あいよ、ブラザー!」
アムドゥスは力強く羽ばたくと速度を上げた。
そしてついに城壁の外へと出る。
光に照らされた街並みとは対照的に、冷たい空気と深い闇に覆われた大地が目の前に広がった。
ディアスは後ろを振り返ると遠くに見える城を見て。
そしてその手前の橋へと視線を移す。
そこに立っているであろうレオンハルトを思って、ディアスは橋の上を睨んだ。
レオンハルトは見えなくなったアムドゥスとレオンハルトの方向を見つめていて。
だがその視界は大きく歪んで焦点が合っていなかった。
レオンハルトは大剣を降ろすと、目を押さえてその場に崩れ落ちる。




