派閥の勢力を削ぐ下準備をしよう
魔法学園では中等部五年、高等部三年、院生二年の計十年間となる。
高等部卒業までは、アルベルトのお守りを任されている。
ぶっちゃけて言えば、アルベルトがこれ以上の問題行動を起こさずに王族足りうる人格者になれば、婚約は白紙にされても家臣としての道は用意されていることとなる。
滑り出しは予想の範囲内なので順調と言えば聞こえは良いが、リズベットの姉エリーナの存在が大きい。
彼女は、学園内でも発言権が強い生徒会の立場を持っている。
そして、徹底的な貴族主義者で女王様気質だ。
家系の歴史で言えば、アングロサクソン家には劣るものの中堅くらいの歴史はある。
歴史が古く品格のある貴族を優遇し、新興貴族や平民は虫けらのように扱う徹底ぶりが凄まじかった。
青薔薇の会も勝手に作ってしまう行動力は認めるが、中身が伴ってないため私と言う異物がぶち込まれて彼女の王国は瓦解寸前である。
「入学早々に飛び級したらダメかしら?」
私の学力でなら、中等部は飛び級できるくらいはある。
「無理だと思いますよ。アルベルト様のお目付け役でクラスを一緒にされたんですから」
「そうよね。私もそう思う。リズベットを追い払うのは容易だけど、エリーナは引き際や駆け引きが上手なのよね」
下手を打てば、逆に足元を掬われるような怖さがある。
学年は違えど、派閥や妹を通して接触されているのが現状だ。
「あの馬鹿は、自尊心を満たしてくれる者が大好きだからね。正直、近寄らせたくない」
折角調教したのに、元に戻ってしまったら元の木阿弥になってしまう。
そんな懸念をする私に、アリーシャは物騒なことを言い出した。
「オブシディアン家を瓦解させれば良いのでは? エリーナ様もリズベット様も、どちらも殿下を狙っているわけですし。ヘリオト商会を利用して、彼女達を取り巻く令嬢をこちらに引き込んで二重スパイさせれば良いんですよ」
なるほど、その手があったか。
ヘリオト商会が私の持ち物であることは、一部の人間しか知らない。
実際、会頭は偽名を使っているしね。
「アリーシャなら最新の美容法とドレス、どちらに魅力を感じると思う?」
「どちらも魅力的ですけど、やはり美容法でしょうか。学園内は制服着用が義務付けられているので、美容で釣った方が効率が良いと思います」
「顔が良く、頭の回転が早く計算高い令嬢をピックアップして貰えるかしら? 更に条件を付けるとすれば、財政が傾いている家が好ましいわ」
そういう家は、流行のファッションや美容を手に入れるのは難しい。
ドレスや化粧品を撒き餌にするのであれば、手が届きそうで届かない物を目の前に用意すれば損得勘定が働き、より自分が得する方へと流れる。
前提に余程の忠誠心が無い限りというのが条件ではあるが、エリーナを見る限りでは恐怖政治のような独裁的な部分があるので、寝返る人間はいるだろう。
「お金や物で解決できるのであれば、解決したいわね。アリーシャ、ガリオンと共に学校に通っている上級貴族達の物欲調査をしてきてくれるかしら」
「物欲調査ですか? 市場調査ではなく?」
「今回の目的はプレゼントよ。より、求められる物を贈るのが効果的なの。勿論、贈る相手も厳選するわ。皆が持っている物を欲しがるのは、集団心理が働いた結果なのよ。それを逆手に取って利用させて貰うわ」
ニヤッと笑う私の顔を見て、アリーシャは大きな溜息を吐いた。
「物凄く悪どい顔をされていますよ、お嬢様」
「気持ち悪いわね。普段通りに喋りなさいよ。あ、後ウワサも流しておいて。アングロサクソン家が、ヘリオト商会を懇意にしている。ヘリオト商会から新商品が近々出るらしいって」
「ウワサを流すのに何の意味があるんですか?」
「期待を持たせたところを見計らって、ヘリオト商会の品が匿名で届いたらどう思う?」
「誰からの贈り物だろと考えますね」
「そう、もしかしたら私から贈られたんじゃないかって思うでしょう」
「でも、政敵の貴族が懇意にしている商品を使う人はいないと思いますけど」
「普通ならそう考えるわよね。ヘリオト商会は、あくまでアングロサクソン家が懇意にしているウワサだけ。だったら使ったところで何も問題はない。賢い人なら、私が贈っていることを理解するでしょう。そして、どちらに付けばより利益が得られるか考える。オブシディアン家に義理が無いなら乗り換えるなんて容易よ」
学園は、小さな世界の縮図と言っても良い。
エリーナ・オブシディアンの影響は大きいが、今はその恐怖政治を外部から切り崩しに掛かっている段階で徐々に規模が縮小しつつある。
決定的とまでは言わないが、対等になるなら内部から切り崩し勢力の半分は頂く算段だ。
上位貴族の半数以上が、プライドが高く人を見下す傾向がある。
王族の次に権力のある大公家からの特別な贈り物となれば、悪い気はしないだろう。
「手始めに三大派閥を切り崩す。情報収集が終わったら、それぞれの派閥に所属している上級貴族のプロフィールと写真を用意しておいて。これ使って良いから」
量産型チェキもどき二つと大量のフィルムを渡したら、アリーシャは物凄く嫌そうな顔をした。
「私に隠し撮りしろと?」
「メアリーに仕込まれているでしょう。それくらい出来て当然って彼女言ってたわよ」
完全無欠の完璧超人メイドのメアリーに師事をして貰っているのだ。
これくらい出来て当然と返せば、思いっきり溜息を吐かれた。
「ガリオンにも伝えておいて。全ての任務が完了したら、ボーナス金貨一枚支給するって」
その言葉に、アリーシャの目がギラッとぎらついた。
「その言葉に二言はないですよね?」
「ないわ。前払いで大銀貨一枚払う?」
そう聞き返したら、首を横に振られた。
「では、ガリオンと合流してきます」
アリーシャは、意気揚々と部屋を出ていった。
お金は、一番モチベーションに繋がる。
後は、情報が手元に戻ってくるのとウワサが多く広まってくれるのを待つのみだ。
私は、細く笑みを浮かべた。




