腐った体制の撤廃とタイプライター
シェリーを除いた財務室を担当していた神官を呼び寄せ、財務室を見せると皆驚いた顔をしていた。
「……綺麗になっている」
ポツリと呟かれた言葉は、彼らの本音だろう。
「整理したと言っても、これはまだ序の口ですわ。契約書類は、一ヵ所に纏めてあります。年代・月別に分けてあるので見やすくなっているかと思います。それ以外の帳簿も年代・月別に分けて纏めて箱に収めてあります」
鍵付きの棚から一番最近のものを取り出して、見本として見せた。
「この仕切り板に数字が書かれていますが、何か意味があるのでしょうか?」
「それは月を表していますわ。一月なら1を二月なら2という風に刻印を打ってます。ノームにお願いして作って頂いたので、箱や板はさほど重くはありません」
「確かに、これなら直ぐに書類を見つけるのは容易いですね」
ロベルトは感心したように頷いている。
「これは、まだ清書していません。これから、この用紙に書き写す作業を致します。勿論、同時進行で計算が誤ってないか確認する必要があります。ここからは、分担作業ですわ」
一番古い十年前のものから手を付けて、手分けして作業を始める。
そろばんとペンの音が静かな室内に響き渡る。
皆、無言で作業に勤しんでいる。
昨日の発言が、やはり効いたのだろう。
じっくり書類を見ていると、やはり気になる項目が幾つも出てくる。
その項目には丸印をつけ付箋をはり、作業を続行した。
三日間、同じ作業をして漸くひと段落ついた。
他の神官が書いた書類を確認すると、やはり気になる項目があったので丸印と付箋を貼った。
その他と書かれた項目の額が、一ヶ月単位で見ると金貨一枚から金貨三枚に相当する。
室長を呼んで、この項目は何に使ったのか問う。
「用途不明金があるのだけど、これは一体何に使ったのかしら?」
「……分かりません」
「それは、どういう意味かしら? 用途の分からないお金が出ること自体おかしいことなのよ。もう一度聞くわ。何に使ったのかしら?」
笑みを浮かべ、赤ペンで丸印をした部分を指でトントンと叩きながら問い詰めると、観念したのか真っ青な顔で言った。
「……上官神官と法王様のお茶会の費用で御座います」
「私的に教会の財産を使ったということね。経費で落としているところを見ると、かなり悪質だわ。貴方は、それを許したの?」
「許すも何も、逆らえば良くて僻地に飛ばされ、悪くて査問会で処刑を言い渡されます」
どこまで腐ってんだ、この教会は。
室長と言えど、法皇や元上位貴族の神官に歯向かうのは命を捨てるのと同じという事か。
「事情は分かったわ。今後は、そのような私的な事に関するお金を経費で落とすことを一切禁じます。許可してお金を出したら、使い込んだお金の分だけ奉仕をして貰います」
奉仕という名のタダ働きをすることになるのだから、余程の馬鹿でない限り許可を下ろそうとしないだろう。
「上級神官達がそれを受け入れるでしょうか?」
「受け入れる前に、この用途不明金に関与した者全て調べ上げて返済できるまで無報酬で働いて貰うので、そんなことを言う暇もなくなるでしょう。教会は、全ての種族の最後の砦だという事を忘れないで下さい。教会は、慈善事業団体ではありません。営利目的の組織でもありません。与えた分だけ返して貰える関係を築くのが、賢いやり方です」
与えるだけの存在になりさがれば、搾取される存在と変わらない。
与えることで、与えた人からそれ以上の見返りを得られることが出来るのが一番理想の形態だ。
私は、教会も一種のビジネスと考えている。
「旧体制は色々と杜撰ですね。新体制の案を考えて近いうちに実行します。落ち着くまでは大変だと思いますが頑張って下さい。室長、期待していますよ。私は、法皇様のところへ行ってきます。作業の手は止めないで下さいね」
私は、不正契約の書類を手に取りそれだけ言い残して財務室を後にした。
与えられた自室に戻り、法王へアポを取ってこいと護衛に使いを出した。
同じ建物の中にいるのに、いちいちアポを取らないと会えないって凄く不便だ。
こんな時、携帯電話があったら便利なのにとつくづく思う。
タイプライターの原理は知っているから、ノームに作って貰えば書類仕事は各段に捗るだろう。
携帯電話に関しては、原理は分かっている。
電波塔を建てるだけのコストはかけたくない。
魔法で何とか出来ないだろうかと考え込んでいたら、アポを取りに行っていた護衛が戻ってきた。
「本日は、時間が取れないとのことで明日の朝であれば可能と伝言を承りました」
「ご苦労様。では、明日の朝に伺うと伝えてきて下さい」
「畏まりました」
ヒラヒラと手を振り護衛を見送り、ノームを呼び出した。
「ノーム、こういう奴を作れないかしら?」
「またか。この間の報酬もまだだぞ」
「今、用意させているところよ。熟成した方が美味しいでしょう。こういう奴なんだけど」
前世の知識を思い出しながら、タイプライターを描いていく。
「活版印刷と似ておるな」
「それを小型化したものよ。これが出来れば、世界に革命を起こせるわよ」
その言葉に、ノームがピクッと反応を示した。
「ノームでも作れないなら、お抱えの工房に作れないか頼んでみることにするわ」
「……出来ないとは言っておらん」
ノームが単純で良かった。
インクに関しては、ウンディーネに乾きにくいインクが作れないか頼んでみよう。
ノームとの合作と言えば、喜んで作ってくれそうだ。
「じゃあ、お願いね」
報酬なしのタダ働きをさせられていることに、ノームは気付いていない。
私は、しめしめと笑みを浮かべながら不正書類をじっくりと眺めていた。




