クソババア再び
マナー講師ことクソババアを召喚したよ。
会いたくなかったがな!!
「バーバリー伯爵夫人、お久しぶりです。お忙しい中ご足労頂き大変感謝しております」
ドレスの裾を持ち上げ、カエルスクワット+営業スマイルで挨拶をしたら、一応及第点は貰えたようだ。
「リリアン嬢も息災で何よりです。また、マナーを教えて欲しいとはどういうことかしら?」
『お前は卒業しただろう、クソガキ』という副音が聞こえそうな切り返しに、私はすかさずアルベルトを差し出した。
「実は、折り入ってお願いが御座いまして…。アルベルト様のマナー講師をお願いしたいのです。王都に戻れば、延期していた殿下主催のパーティーを開催します。今のままでは、殿下が恥をかいてしまうと危機感を持ちました。バーバリー伯爵夫人なら、短期間で成果を挙げる実績もありますので是非引き受けて頂けませんか? わたくし同様に厳しく教えて頂いて良いと許可も得てますわ」
ここに来る前に、王妃にアルベルト再教育に関し一切口出ししない旨の手紙を書いて貰っていた。
それを見せると、彼女はジッとアルベルトを見て溜息を吐いた。
「……分かりました。貴女も一緒に参加なさい。それが条件ですわ」
「畏まりました。お受けして頂きありがとう御座います」
受けたくないが、これも仕事だと割り切るしかない。
隣のボンクラを何とか猿から人間に進化させねばと、私は嫌々ながら自分に喝を入れた。
早速授業開始早々に、バーバリー伯爵夫人の扇子が飛んできた。
「その口の利き方は何ですか! 一国の王子たるもの、そのような粗暴で下品な話し方をするんじゃありません!!」
アルベルトの額に扇子がぶつかり、今にも泣きそうだ。
「す、すみません……」
「謝罪は結構! 謝罪する暇があるのならば、正しい言葉遣いを覚えなさい」
「ッ…はい!」
ギロリと睨むバーバリー伯爵夫人の眼光は、人を殺せるんじゃないかと思えるくらい鋭くトラウマが蘇る。
「リリアン、貴女もどうしてここまで放置していましたの? 王城で共に教育を受けてましたでしょう。諫めなかったのですか?」
矛先が私に向いたー!!
怖い怖い。
「わたくしも王室教師殿も再三諫めてしてきましたわ。お恥ずかしいことですが、授業をすっぽかして雲隠れされてしまわれてしまうと、わたくしも広大な敷地を探し出すことは出来ませんの」
「貴女の力なら出来なくはないでしょう」
ド正論で返された。
精霊に探して貰えば、確かに直ぐに見つけることは可能だろう。
「わたくしの力を私利私欲のために使ってはなりません。本人に学ぶ意思が無ければ、時間の無駄ですわ。最近は、学ぶ楽しさを覚えて下さり少しずつでは御座いますが成長しております」
責任回避のために、頭をフル回転させながら言い訳がましくならないように取り繕って話すのってしんどい。
「リリアン、それは言い訳でしてよ。次期王妃たるもの、その程度の事が出来なくてどうするのです。男性を育てられる女は、良い女と昔から言われておりますのよ。アンジェリカ様のように手綱を握れなくてどうするのです」
扇子が私の方にも飛んできて、額にぶつかる。
あまりの痛みに私も涙目になる。
「引き受けた以上は、キッチリと指導させて頂きます。二人とも宜しくて?」
「「はい!」」
指導が調教に聞こえたのは、私だけだろうか?
急遽、バーバリー伯爵夫人のマナー教育が授業に組み込まれ週三日見てくれることになった。
アルベルトのダメっぷりに危機感を持ったからだろうか。
初回の授業は、惨憺たるもので敬語・丁寧語・謙遜語を覚えるところから始まった。
私はおさらい程度の内容だが、急に振られるので気が抜けない。
一瞬でも気が抜いたら扇子が飛んでくる。
私もアルベルトも手や額が扇子でバシバシ叩かれて赤くなっているが、やった張本人はケロッとしている。
私の時も思ったが、バーバリー伯爵夫人は怖い物知らずだ。
普通なら自分よりも高位貴族の子息令嬢に対して教育とはいえ、手を挙げることはしないと思う。
私個人に爵位はないので、厳密にいえば権力はあって無いようなものである。
バーバリー伯爵夫人が退出し、足音が聞こえなくなり私とアルベルトは二人で大きな溜息を吐いた。
「何なんだよ、あいつ。俺は、王子だぞ。普通、扇子を投げつけてくるか? 殴ってくるか? おかしいだろう!!」
「殿下、わたくしはあの方と五歳の頃からマナー教育を受けてきましたのよ。それも毎日ですわ。週三回なんて生易しい方でしてよ。わたくし、聖魔法の適性がありませんので回復魔法も使えず、毎日手を腫らしてましたわ」
「親に訴えれば、あの講師を辞めさせることくらいでるだろう」
「それをしたら負けた気がして嫌です。手の腫れも水魔法で冷やせばマシになるのですよ」
バーバリー伯爵夫人の折檻から自分の手を守るために、上達した水魔法。
全くもって嬉しくない負の遺産だ。
窓を開けて手だけ出して、水魔法で器用に包む。
ひんやりとした感触が気持ちいい。
「それは何だ?」
「ウォーターボールの応用版ですわ。殿下もこの水の玉に手を入れて見て下さい。ひんやりして気持ちいですよ」
私に促されて、アルベルトは無言で水の玉に手を入れた。
フニャリとツンケンした顔が崩れる。
「バーバリー伯爵夫人は、本当に厳しい方ですわ。容赦なく扇子で叩いてきますので、予習復習をちゃんとしないと何時まで経っても叩かれますわよ」
遠い目で庭を眺めながらポツリと零した私の愚痴に、
「……そうか」
とが若干怯えた声で返事が返ってきた気がしたが気にしないでおく。
今までとは一線を画した強烈な講師の登場に、アルベルトの言葉遣いやマナーが早く身に着けば良いなと黄昏ながら思った。




