精霊の怒りを買った陛下の末路
翌日、私とシュバルツは王城へと来ていた。
陛下と王妃、各部署の重役という顔ぶれに囲まれて一連の騒動について話をした。
一通り説明し終えた私に対し、陛下は胸糞悪い笑みを浮かべて言った。
「精霊と契約したとは聞いていたが、こんなことも出来るとはな。リリアンが居るだけで、他国との交渉もスムーズに行きそうだ」
怒りが天元突破すると冷静になると聞いたことがある。
この状況が、そうなのだろう。
私が口を開く前に、祖父が遮った。
「陛下、その真意をお聞かせ願えますかな」
深く低い声音は、肌をピリピリと感じさせるほど恐ろしい。
いつもは、デレデレと甘えたような声で話す祖父の変わりように違う意味で吃驚だ。
「リリアンは、精霊を扱える。今回の一件は、リリアンの機嫌一つで魔法を使え無くするなど造作もないと証明したようなものだろう。他国を滅ぼそうと思えば、その力を振るえば出来るだろう。私は慈悲深いからな。そんなことはしない。我が国に有利な条件で取引出来るようにするのだ」
「……孫を道具になさるおつもりか?」
「国を繁栄させるためだ。多少の不都合なことは目をつむるものだろう」
それまで成り行きを見守っていた王妃が口を開いた。
「陛下、その考えは浅はかですわ。リリアンがこの国を去った後、横暴な行いを強いた報いが返ってきます。下手をすれば国が地図上から消えてしまうかもしれません。リリアンを担ぎ出すのはお止め下さい」
「妃の癖に私に意見するのか!!」
「一家臣として忠言しております」
怒りで顔を真っ赤にして王妃に対し怒鳴り散らす陛下の姿は、ただの我儘な躾のなっていない子供そのものだ。
「何が忠言だ。我は、この国で一番偉いのだぞ!! 貴様らは、黙って従っていればいいのだ。最近、可愛げが出てきたと思って甘い顔をしていれば付けあがるな!!」
王妃の忠告を一掃し喚き散らす陛下に、王妃の顔から表情が消えた。
何でこいつが一国の主になれたのか、誰か説明して欲しいよ。
私の堪忍袋の緒もプッツリと切れたので、そろそろ反撃しようかなと思っていたら、またも出番を奪われた。
ゴウッと燭台の炎が大きく燃え、私と陛下の間に割って入った。
「土のが、加護を与えた娘を見に来たんだがなぁ。やあ、可愛い愛し子。我は、火の大精霊ファーセリアだ。姿を見せる気はなかったのだがね。何の関係も無い人間風情が、我ら精霊族を手足で使おうとは愚かよのう」
薄い青色の長い髪に緋色の瞳、秀麗な美貌にバランスの取れた身体。
背中から大きな羽が生えている。
ゴウゴウと燃え盛る炎そのものを生み出しているのは、目の前にいる精霊自身だ。
「こんなゴミは燃やしてしまうに限る。そう思うだろう、愛し子よ」
私に語り掛けてくる精霊の言葉に慄きながらも、私は首を横に振った。
「ファーセリア様、大変ご不快な思いをさせ相済みません。ですが、私に免じて先ほどの不愉快な発言を許しては頂けぬでしょうか?」
「何故だ?」
「精霊様の怒りを買い、今この場で国が滅びたと致しましょう。地図の上から国が一つ無くなるだけで済む簡単な問題ではないのです。高位の存在である貴方様には、我ら人は些末で浅い次元の存在でしょう。感情で無暗に国を亡ぼせば、滅ぼした分だけの反発があります。それが世界に与える影響は、計り知れないもになるかもしれません」
私は、言葉を選びながら慎重に説得を試みる。
加護と言っても精霊の気まぐれの産物だ。
同格の精霊が、私に授けられた加護を取り消すことくらい容易いだろう。
心臓がバクバクといっている。
ノームやウンディーネと違い、目の前の相手は軽口を叩くことすら許されない威圧感がある。
多分、愛し子と呼んでいるが内心はそう思ってないのだろう。
「確かに、愛し子の言葉には一理あるな。だが、我らを侮った報いは受けるべきではないのかね?」
「仰る通りです。その報いは、私が引き受けましょう。煮るなり焼くなり好きになさって下さいませ」
こう言った手前、本当に焼かれたらどうしようと内心冷や汗が止まらない。
私と精霊とのやり取りを周囲は、ただ無言で口を開けてみていた。
火の玉と一方的に喋っている異様な光景にしか見えないから仕方がない。
「ウンディーネから聞いていたが、なかなか肝が据わった娘よ。愛し子を傷つければ、他の精霊だけでなく創造神にまで叱られてしまう。では、あれを燃やすとしよう」
その言葉と同時に、陛下の身体だけが燃えた。
「ギィヤァァァアアア!!! 熱いあづいぃぃいい」
玉座から転げ落ち地面の上でのたうち回っている。
人の焦げた臭いに吐き気が込み上げてきた。
青ざめる私の前にファーセリアが立ち額に軽く口づけた。
「この状況でも発狂することもなく、泣くことも無い君は面白い。我も加護を与えよう」
ファーセリアは姿を鳥に変化させ、火だるまになった陛下の頭上で宣言した。
「愚かな王よ。愛し子に感謝するがよい。国を亡ぼすのは止めだ。その代わり、お前を煉獄の炎で燃やすことにした。なに死にはしない。軽く炙っただけで、後は幻覚だからな。愚かな王の血族は、今この時より未来永劫魔法は使えぬ。使えば、その身に返ると思え」
ファーセリアは、それだけ言い残すと姿を消した。
焦げて気絶した陛下は、無残な姿だった。
ファーセリアが宣言した通り、命だけは助かったがとても見れたものではなかった。
私を囲うだけなら手出しはしなかったが、利用しようとした結果を目の当たりにした国の重鎮たちはお通夜の様に静かになり、そして顔面蒼白になっていた。
「リリアン、貴女の取り成しで国が亡ぶのを免れました。感謝します」
大人でもトラウマになりそうな光景に青ざめた顔で毅然とした姿で話を纏めようとする王妃に、
「当然のことをしたまでです」
と答えるのが精いっぱいだった。
「王は病床に就きました。とても残念なことです。リリアン、これからも私を助けて下さいませ」
「はい」
助けての言葉には、『アングロサクソン家は静観しろ』と『精霊の暴走を止めろ』の二点が含められているのだろう。
「皆の者、ここであった事は他言無用とする」
王妃の言葉に、家臣一同従った。
こうして、イグナーツ・フォン・グランツリッヒは表舞台から姿を消すこととなった。




