物騒な提案
「パンが無ければお菓子を食べれば良いじゃない」
「いきなり何言ってるの?」
「byルソー」
「意味わかんない」
私の謎発言にイラッときたのか、ゲシゲシと後ろ足で私の手を蹴るウンディーネ。
蹴られても痛くもないけど鬱陶しいので、首の皮を掴んで床に降ろした。
「前世で生きていた頃に聞いた格言よ」
「それを言った奴は、相当頭がいかれているわね」
「王妃をギロチンに追いやったかもしれない言葉だからね。まあ話は戻して、前世の日本人が知っている日本なら人口は増加するのに死者は増加しない。これってかなりヤバイ状況じゃない?」
ペンをくるくると回しながら問いかけると、ウンディーネは確かにと神妙に頷いた。
「どこかで間引きする必要がある。でも、いっぺんに行うと世界の理を歪ませかねない。そこで、間引きした死者を一手に引き受ける。受け入れる時に魂は全て魔力に換えれば想像以上の魔力が手に入るわよ」
「……えげつない案ね」
ウンディーネは、恐ろしい者を見るような目で私を見ている。
「世界単位でみれば一個人の人格や生死なんて、無に等しいわ。それを有効活用しようと提案しているだけじゃない。アースフェクトは魔力不足で世界存亡の危機に瀕し、地球は人類の文明で滅びを迎える。興隆の対義語は滅亡なの! 手塩にかけて育てた星を滅亡させたら、神様だって惜しむでしょう。はっきり言うけど、私は世界の存亡を救うとか言っちゃうような人じゃあないからね。精々、私が死ぬまでは安泰であれば良いのよ。死後は、滅亡しようが関係ないし関与しない。私のお願いを聞いてくれるなら、次は転生したくない。むしろ、魂をこの世界のエネルギーの一つにしてくれれば万々歳よ」
フンッと鼻で笑うと、ウンディーネの目が大きく見開かれた。
「……そこまで覚悟があったなんて。ノームが契約したのも分かった気がするわ」
悟りを開いたようなウンディーネの目に若干哀れみが込められている気がするが、理解してくれたなら話は早い。
「私から提案出来るのは、これくらいしかないわ。日本の最高神は、天照大御神という太陽神だけど死者の国を治めているのは伊邪那美命だからね。先に天照大御神に打診してから、伊邪那美命を紹介して貰いなさい。絶対、伊邪那美命に直接接触するようなことは止めなさいよ。地球を作った神様の片割れだから、不敬を働いてこっちの世界を滅ぼされたらたまったものじゃないからね」
「わ、分かったわ。創造神に報告してくる」
ウンディーネは、ぴょんと机から飛び降りて姿を音もなく消した。
多重宇宙・多重世界の概念が無ければ、多分思いつかない発想だろう。
前世の記憶を持って転生してなかったら、考えもつかなかった。
「まあ、後は創造神とやらがどう動くかだよなぁ」
人類滅亡説は、前世で嫌というほど味わったので今生は穏便にかつ優雅で平和に暮らしたい。
目の前に詰まれた書類を裁きながら、私の休みはいつになったら貰えるのかと大きなため息を吐いた。
王都へ居を移してから色んな事業に手を出した結果、現在自分の首を思いっきり締め上げる状況に陥ってます。
「本日の予定ですが九時から正午まで王妃教育を受け、昼食を取った後にユーフェリア教会にて説法を受けます。十三時から癒しの魔法を勉強し、十五時に孤児院へ慰問。十七時から各店舗の視察を行い、二十時にアリスの雑貨屋で新作レースの品評会に参加し、二十二時帰宅となります。帰宅後は、翌月発刊予定の絵本の打ち合わせです」
「ユリア! 何よ、この鬼畜なスケジュールは!!」
出鱈目なスケジュールにふざけんな! と怒る私に対し、ユリアはスケジュール帳を私の前に差し出した。
「お嬢様が、あれもこれもと始めた結果です。これでも調整した方ですよ。週1日休みが欲しいとふざけたことを仰られたので頑張りました」
ユリアは、ニッコリと黒い笑みを浮かべる。
「王妃教育は分かるけど、何で身にもならないユーフェリアの説法を聞かなきゃいけないの! 時間の無駄じゃない。説法は昼食の間だけにすれば、帰宅時間が早くなるでしょう。そもそも癒し魔法の適性があるか分からないのに、何で勉強する必要があるのか意味不明よ」
「一応、精霊の愛し子という事になってますから。ユーフェリア教会公認の聖女様ですよ。適性が無くても形だけでも体面は保つものです。大体、ユーフェリア教会が今の発言を聞いたら猛抗議の手紙が来て更に追われますよ。書類に」
「私は幼女なの! まだ六歳なの!! 幼児虐待だわ」
「ちゃんと八時間の睡眠時間を確保しています」
「してないよ!! 二十四時に就寝して八時に叩き起こすじゃん。もっと睡眠時間寄こせ!」
バンバンと抗議する私に対し、ハァとユリアは溜息を吐いた。
「お嬢様が、思い付きの行動をした結果ですって言いましたよね? しかも週一で休み寄こせって煩いから頑張ってスケジュールを調整したんですよ。頑張って」
頑張ってを二回言うくらい強調しているのが分かった。
ユリアも私の秘書的な事をしているため忙しいのは分かるが、これはない。
「私の身長と胸の発育が悪かったら恨んでやる」
キィーッとヒスを起こしながら、私はテーブルに並んだ朝食をかきこんだ。




