リバーシとトランプ
試験的にリバーシを渡してみたら、次に城を訪れた時には兵士達の間で大流行していた。
通過儀礼的にアルベルトと会うのだが、決まって置き去りにされる。
王妃教育は、自宅でも出来るので王城では精々ダンスの練習や外交の勉強をするくらいだ。
で、そのお相手は私と顔を合わせた後に速攻逃げる。
距離を縮めるどころか、大きな溝が出来ている。
客観的に見た目は美幼女なんだけどなぁ。
我が家の鬼教官に護身術という名の格闘技を叩きこまれているので、腹が割れてきた。
ボディービルダーを目指していないので、将来ムキマッチョにはなりたくない。
程よく引き締まった体で良いのだが、あのスー夫妻は一体どこを目指しているのかと思うほどである。
王妃様用に特注で作ったリバーシとトランプを持って、遊びに来ている。
勿論、王子抜きで勉強した後ですよ。
王妃様へ渡したいものがあると言えば、すんなり通して貰えるのは地道な友好関係構築の賜物だろう。
王妃直属の近衛兵に連れられて、彼女の住むハレムのガーベラの宮に通された。
愛妾には、薔薇の宮が与えられているという。
花の名前によって宮殿が異なるのだが、明らかに陛下の考え無しの依怙贔屓が炸裂した結果である。
本来なら薔薇の宮殿は、正室である王妃が住む場所なのだが、それを愛妾に与えるとは本当に恋愛脳な王である。
歴代の王妃のなかでも賢妃と謳われる王妃アンジェリカ・フォン・グランツリッヒだ。
凡才のイグナーツ陛下を支え、浪費癖の激しい愛妾マリアンヌを抑えて主導権を握り政治を行っている彼女に感服するばかりである。
「王妃様、リリアン様をお連れしました」
部屋の外から声をかけると、中から凛とした声で返事が返ってきた。
「通しなさい」
いつ聞いても惚れ惚れする良い声の持ち主である。
透き通った声音が、耳に心地よい。
兵が扉を開けてくれて、私は静々とお淑やかな淑女を演じながら入室する。
「失礼致します」
「御機嫌よう、リリー。その様子だと、あのバカ息子は逃げたのかしら?」
中々手厳しい言葉に、私は苦笑いを浮かべて頷いた。
「はい。私との勉強を嫌がりボイコットされましたわ」
「そう。陛下にも苦言を呈しているのですが、右から左に聞き流されますの。愛妾は可哀そう、酷いと喚くばかりで……」
持っているペンがひしゃげそうになっているのを見て、相当イラついているんだなと分析する。
「アンジェリカ様、かの方々は恋愛脳ですから現実が分からないのですよ。鳥に人語を語っても通じませんわ。証拠はたんまり残しておりますので、ご安心下さいませ」
「リリーは抜け目がないわね。貴女が寄こしてくれたメイド達は優秀よ。是非、生まれてからも守って欲しいわ」
徐々に大きくなるお腹をさすりながら微笑む王妃の顔は、母親の顔になっている。
「勿論ですわ。アレを反面教師にして、賢く逞しい子になるようお育て致しましょう」
いずれは、この国を背負う国王に! とは言葉に出さなかったが王妃は私の思惑を悟ったのか良い笑顔で頷いている。
「今日は、王妃様にプレゼントをお持ちしましたの。ストレスに解消にもなるかと思います。お子が大きくなっても遊べるものですわ」
トートバッグから取り出したのは、足つきのクリスタル盤とエルダートレントで作ったリバーシの白と黒が一体になった駒・トランプを出した。
「これが、兵たちの間で人気になっているゲームですか?」
「はい。リバーシというものです。ニコー少佐と戦っていたところに、ベルガー将軍が来まして白熱した戦いをしました。面白いと感想を頂いたので、是非アンジェリカ様用にと作ってまいりました。こちらの紙は、トランプというもので色々な遊びがあります。遊び方は、こちらの冊子に思いついたものを記載しておりますので侍女たちと時々遊んでみては如何でしょう」
新しい物、面白い物に王妃が飛びつくのは分かっていたので、敢えてまだ流通していないトランプを渡した。
これでリバーシの件で文句を言われることはないだろう。
「この絵柄も素敵ね。表は全て同じ絵柄なのに、裏は数字が書かれているわ。四種類の模様にも何か意味があるのかしら?」
「はい。風・火・水・土の精霊を描いてます。私と軽く遊んでみませんか?」
「そうね。少しだけなら」
王妃が私の思惑に乗ってくれたので、軽く使い方を説明してリバーシとトランプの遊び方を伝授した。
小一時間ほど遊んだ後、彼女に『中毒性のある遊具』だと感想を言わしめた。
思った以上に頭を使うゲームなので、息抜きには丁度良いと大好評だった。
「また、面白い物を作ったら持ってきなさい」
と有難い言葉を頂き、この日はお開きとなった。




