キャロルの葛藤5
アリーシャの言葉通り、粛々と処分が下された。
まず、コレット・ピューレは退学処分となった。
そして、ピューレ家へ集団訴訟を起こした。
この集団訴訟の手配をしたのは、ガリオンとアリーシャだ。
婚約破棄ではなく白紙にするという形で収め、不貞行為を働いた相手方へ慰謝料請求の訴訟を起こす手配をキャロルが筆頭になり第三者が間に入って行った。
白紙に出来ない令嬢も中にいる為、何らかの形での賠償を求める代替え案を提出するように働きかけたりと忙殺される日々が続いた。
学業の合間に行うため、睡眠時間を削りながら調整するのは至難の業だ。
「死にそう……」
山積みになった書類を裁きながら、目に隈を作りながらボソリと心の声が零れ落ちる。
「その程度で人間は死にません。キリキリ働いて下さい」
エマは、書類から目を離さずにキャロルに発破をかけてくる。
「十分働いています。何でこんなに多いの。お見合いの問い合わせも殺到して頭がパンクしそう」
泣き言を漏らすキャロルに対し、エマは書類から顔を上げて大きな溜息を吐いた。
「アルベルト様の尻拭いをすることで、保守派からも王家に貸しを作ることが出来ます。リリアン様ご本人が動かなかったのは、それを狙っていたのではないですか? 一応、連名と言う形を取ってますので王家は改革派と保守派両方の貴族に借りが出来た形になるでしょう」
「エマの言う通りね。この一件で、アルベルト様や王家への不信感が高まっているのも事実。第二王子に擦り寄ろうとする貴族も出てくるでしょう」
キャロルも内心鞍替えしたいと思っている一人ではあるが、実家の意向に歯向かうことが出来ないのが歯がゆいところである。
「第一王子と言っても愛妾の子。将来性の欠片もないダメ王子ですから、賢妃と名高いアンジェリカ様の御子を推す者が現れるのは想定内のことです。第二王子の成長次第にはなりますが、もしかしたらリリアン様が……という可能性もありますね」
エマの濁した言葉の意味に、キャロルは思わず小さく頷いた。
この先どう転ぶか分からないが、リリアンが鍵になることは確かだ。
王家を選ぶかよりも、リリアンを選んだ方が背負うリスクは少ないように感じる。
「どちらにせよ、リリアン様と敵対したくない」
「案外、あちらも同じことを考えているかもしれませんよ。彼女にとっても、オブシディアン家の消滅は想定外の出来事だったと思います。うっかりで消してしまえるだけの力を持ってしまっていることに、否が応でも気付いたのではないでしょうか。こんな回りくどい手を使ってくるくらいですから」
「……あれをうっかりと言えてしまう貴女が凄いと思うわ」
キャロルは、胃の辺りを抑えながら頭を切り替えて山積みになった書類に目を通し、黙々と手を動かしながら片づけて行った。
コレットの処罰については決まったが、アルベルトの処罰については学園でもどう扱って良いか判断に困っていた。
一先ず謹慎処分が下ったが、退学させるわけにはいかない為、連日職員会議が開かれている。
教師陣は頭を抱え、にっちもさっちも行かなくなり、とうとうリリアンの従者であるエバンス兄妹に助けを求めた。
校内放送で学園長に呼び出しを喰らい不機嫌な顔で学園長室に入ってくる二人に対し、呼びつけた本人は大量の汗をかいている。
「待っていたよ。急に呼びつけて済まなかったね。座りなさい」
ソファーに座るように促すと、いかにも怠そうな顔で二人して腰を掛けた。
「それで、呼び出しされた用件は何ですか?」
ガリオンの質問に、学園長はハンカチで汗を拭いながら言った。
「アルベルト様の処遇について、婚約者のリリアン様に相談したいのだが取り次いでもらうことか可能だろうか?」
アリーシャとガリオンの表情が、苦虫を噛み潰したような顔になった。
「何故、我が主にそのような相談をなされるのですか? 多忙な方に、そのような下らない相談をしないで下さい。非常に迷惑です」
スパッと切れ味の鋭いナイフのように切り返され、学園長はタジタジになっている。
それでも大量の汗を拭きながら、必死に言いつくろった。
「コレット・ピューレの行動を増長させた件に関して、殿下に対し何らかの処罰を下さねば皆納得いかないだろう。しかし、王族を退学にするのは前代未聞の珍事だ。謹慎だけでは周囲は納得しないだろう。理解も得られないと思う」
要するにアルベルトが仕出かした不始末に対し何らかの処分を下したいが、学園が甘い処分を下せば学園に通う生徒や親からの顰蹙を買ってしまう。
厳しい処分を下してしまえば、王家から目を着けられて困る。
婚約者であるリリアンの提案を呑んだ形を取れば、どちらにも上手い言い訳が出来ると考えているのだろう。
前代未聞というが、それ以上のことを病に伏せている現陛下が学生時代に仕出かしたことを忘れたのだろうかとアリーシャとガリオンは思った。
その基準で考えれば、アルベルトの仕出かしたことはまだ可愛い方である。
「……そう言えば、イグナーツ様がこの学園に在籍していた時に一方的な婚約破棄を大勢の人が見ている中で行ったと聞いてますが? その時は、どうされたんですか?」
ガリオンの指摘に、学園長の目が泳いでいる。
「あー……あれはだな。卒業式の後のパーティーで行われた為、学園としても卒業した後のことまでは責任が取れなかった。当人とご両親を交えての話し合いをされたのだ」
「逆に聞きますが、卒業してなかったらどんな処罰を下していたんですか?」
「……」
アリーシャの質問に、学園長は押し黙ってしまった。
二人は顔を見合わせて、大きな溜息を吐いた。
学園長という肩書を持っているくせに、こんなに弱腰で大丈夫なのだろうか。
二人はアイコンタクトを交わして、仕方がないといった風を装い紙とペンを取り出した。
「アルベルト様の処罰について、リリアン様の決定に従うということで宜しいですか? 宜しければサインと血判をお願いします」
アリーシャがその場で誓約書を作り、サインと血判を求める。
学園長は、誓約書を読んで一言付け加えた。
「退学以外の処罰でお願いします」
その言葉に二人はガラ悪くチッと舌打ちした。
アリーシャは、作り直した誓約書を手渡すと学園長はサインと血判を押してアリーシャに返した。
「では、リリアン様に相談しますので結果は後日お伝えします」
と言い二人は学園長室を後にした。