キャロルの葛藤4
コレット嬢の行動は、逐一キャロルに報告が上がり、その都度出向いては注意するを繰り返した。
結果、アルベルトから直々の御呼出しを喰らう羽目になった。
アリーシャがアルベルトの傍に控えているので、叱責を喰らうことはないだろうと高を括っていたのが間違いだった。
白百合の間に通され、上座にふんぞり返って座っているアルベルトがキャロルを睨んで言った。
「呼び出された理由は、理解出来ているんだろうな?」
「いえ、全く。心当たりがありません。どのようなご用件で私を呼ばれたのでしょうか?」
コレットの事だろうと分かってはいるが、逆に聞き返すと苛立ったように怒鳴りつけてきた。
「白々しい態度を取るのもいい加減にしろ! コレットの事だ。コレットの行く先々で待ち構えて暴言を浴びせていると聞いたぞ!!」
「私は、そのような野蛮な振る舞いをしたことは御座いません」
「口では何とでも言える。コレットが、泣いていたんだぞ! それでも嘘を吐くのか?」
公平とは言い難いアルベルトの判断に、傍に控えているアリーシャをチラリと見るが動く気配がない。
アルベルトの学友も顔に手を当てて溜息を吐いていたが、誰も口出しする様子がなかった。
完全に静観を決め込んでいるようだ。
「お言葉ですが、証拠はありますか?」
「証拠だと? コレットが、泣きながら言っているのが証拠だ」
フンと鼻で笑い飛ばすアルベルトを見て、これが次期王位継承者なのかと思うと国の行く末が心配になってきた。
リリアンがアルベルトを支えたとしても、敬う気持ちが持てない。
「アルベルト様の仰っていることで当てはめると、私が泣いて否定すれば真実になるのですね」
「誰もそんなことは言っていない!!」
話が通じない。
同じ言語なのに、魔物と会話をしているように感じるのは何故だろう。
アリーシャ達は、毎日話の通じない相手とやり取りをしているのだろうか。
そう思うと、どれだけの心労を抱えているのだろうかと思わず同情をしてしまった。
「アルベルト様が、仰っているのはそういう事ですよ。片方だけの意見を鵜呑みにするのは、政務者としてあるまじき愚行です。そもそも、コレット嬢の素行の悪さは前々から問題視されてきました。彼女のせいで、様々な方が被害を被っております。こちらは、第三者の証人を立てることが可能です。コレット嬢が、アルベルト様に訴えた事が事実無根だと証明できます」
「第三者か……。お前が、金品を握らせてでっち上げた証人なんぞに何の価値がある。公然でコレットに対して謝罪させても良いんだぞ」
端から人の話を聞く気がないアルベルトに、キャロルはフゥと溜息を一つ吐いた。
「アルベルト様は、私が嘘を申していると仰るのですね?」
「そうだ! グダグダ御託を並べて責任回避せずに、きちんとコレットに謝罪しろ!」
「分かりました。コレット嬢をそこまで庇うのであれば、コレット嬢が何らかの不祥事を起こした場合、アルベルト様にも責任をお取り頂く形になりますが宜しいでしょうか?」
ニッコリと笑みを浮かべて、コレットの最終的な責任の所在について確認を取る。
アルベルトは一瞬たじろいたものの、コレットにしがみ付かれて気を大きくしたのか二つ返事で承諾した。
「ああ、良いだろう。コレットに限って、そのようなことはないからな!」
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、アリーシャが満面の笑みを浮かべて鞄から写真と書類をアルベルトの前に並べている。
「アルベルト様、こちらはコレット嬢の不貞行為の写真及び女子生徒に対して吐いた暴言をまとめたものになります。コレット・ピューレの素行の悪さは、チャイルド様が仰ったように前々から出ておりました。コレット嬢の存在は、学園の品位を大きく下げると判断し学園にも報告済みです。コレット・ピューレに対し、近々集団訴訟を起こす予定です。コレット嬢の退学は免れないでしょう。アルベルト様も、彼女を諫めることなく増長させた責任を追及させて頂きますので覚悟なさって下さいませ」
喜々としてアルベルトの責任追及を口にするアリーシャに対し、責任を取ると迂闊に言ってしまった彼の顔色は悪い。
「こ……こんなのは証拠じゃない!! そう見えるように態と撮ったんだ! お前、俺を貶める為にこんなものまで用意したんだろう!!」
アリーシャの胸倉を掴みながら、唾を飛ばし尚も事実を否定するアルベルトに、コレットを除いた誰もが軽蔑の眼差しで見ていた。
「アルベルト様、流石にその言い訳は見苦しいものがありますよ。このキス写真は、バッチリと顔が映ってます。こちらの写真も顔が、はっきりと分かるように映ってます」
キャロルが指摘すると、アルベルトは駄々っ子のように五月蠅いと喚くばかり。
リリアンが優秀でも、アルベルトがこれでは国の将来は不安でしかない。
アルベルトに見切りをつけて、今のうちに第二王子に擦り寄っておかないと自分の身も危ういかもしれない。
そんなことを考えていたら、アリーシャがアルベルトの腹に正拳を叩きこんでいた。
「グェッ」
鶏の首を絞めたような声を上げて、アルベルトは腹を抱えたまま蹲ってしまった。
ハリセンでアルベルトを叩く様子を何度か見た事はあるが、素手で殴った場面を見たのはこれが初めてだ。
「あの……大丈夫なんでしょうか?」
思わず零れた言葉に、アリーシャはパンパンと制服の皺を伸ばしながらケロッとした顔で言った。
「お見苦しいところをお見せしました。あれは、教育的指導の一貫ですので大丈夫です。言質もバッチリ取れましたので、二人は寮の自室で処分が下るまで謹慎して貰いましょう。寮監様に逃げ出さないように見張って貰えば大丈夫です。逃げたら、罪が雪だるま式に増えますから絶対に逃げないで下さいね。では、コレット嬢は寮監様に引き渡してきますのでジャスパ-様達もアルベルト様を寮監様に引き渡して来てください」
アリーシャは、それだけ言うとテーブルの上に広げた証拠を鞄に詰めてコレットの襟を掴み部屋から引き摺って出て行ってしまった。
取り残された私達は、暫しの沈黙が流れた。
「……私は、これで失礼致します」
キャロルは居た堪れなくなり、そそくさとその場を後にした。