エバンス兄妹の受難7
暑い日が続いて体調を崩していました。資格試験で張りつめていた糸が切れたみたいで寝込んで更新できずにいました(;'∀')少し体調が戻ったので、また再開します。皆さまも体調には気を付けて下さいませ。
翌日、朝一番にリリアンへ電話を掛けた。
怒られるかとも思ったが、既に起きて仕事をしていた彼女から苦情はなく、寧ろ連絡が入る頃だろうと待っていたとのこと。
「それで、朝っぱらから電話を掛けてきたのは手紙の件かしら?」
「分かってるなら、詳細を私達にも解るように手紙で教えて下さいよ!!」
アリーシャが若干切れ気味に文句を言うと、リリアンは大きな溜息を吐いた。
「物的証拠が残るようなことするわけないでしょう。こうして連絡してきたじゃない」
「……それって、俺達が連絡するのを見越して態と入れなかったってことか?」
ガリオンが恨みがましく言うと、
「その通りよ」
リリアンに一蹴されてしまった。
この掴みどころのない主に、アリーシャとガリオンは話していてドッと疲労が襲い掛かって来た、朝なのに。
「手紙を渡すにしても、内容を知らないと下手に動けないので教えて下さい」
「あの手紙は、私に代わってコレットと殿下に対して苦言を呈するように正式に依頼した内容のものよ。馬鹿だけなら貴方たちだけで終わらせていたんだけど、婚約済みの他のご子息を多数誑かしているとなれば問題視せざる得ないのよね」
「リリアン様に、その事を報告しましたっけ?」
「まだ聞いてないわね。彼女は、わたくしの事を『悪役令嬢』って言ってたんでしょう? 少し思い当たる節もあったから、フリックにお願いして少し調べて貰ったのよ。流石に学園内のことまでは調べられなかったのが残念だけど。彼女の人となりの情報は掴んでいるから、アルベルト以外にキープを作ると当たりをつけておいて良かったわ」
コロコロと笑う声が、地獄への片道切符を切る音に聞こえてしまうのは何故だろう。
「あの手の女は、同性をぶつける方が化けの皮が剥がれて引き摺り降ろし易いのよ。わたくしは動けないし、エマとキャロルならコレットの危険性は理解しているんじゃないかしら? コレットの素行に関しては、女子生徒全員が共有した方が良いでしょう。女子から流れてくる噂を男子も信じるのは早いと思うわよ。最初は懐疑的に見ても彼女の行動に不自然な点が見つかれば、冷静に観察するでしょうし。それに、コレット嬢は一部の男子に人気があるだけで学園全体で考えれば殆ど人気がないの。まともな人間が彼女の一挙手一投足を観察するでしょう。噂が真実味を持ち始めれば、コレット嬢に群がっていた男達も離れるんじゃないかしら? まあ、コレット嬢がどう立ち回るかは分からないけれども、わたくしが居なくても場を治めてくれる高位貴族が居れば良いのよ」
「あんた、一応は馬鹿ベルトの婚約者だろう。体裁を気にしろよ」
リリアンの他力本願的な発言に、ガリオンが思わず突っ込んでしまった。
コレットは、明らかにアルベルト狙いである。
それ以外の男は、キープ君だ。
そんなことは、リリアンが一番分かっているだろうに他人任せで良いのかと首を傾げてしまう。
「体裁が大事なら、わたくしはこんな僻地に飛ばされてませんわ。王宮から何か言ってきたかしら?」
「いえ、何もありません」
「でしょうね。わたくしに馬鹿ベルトを丸投げしてくるくらいだもの。矯正して多少まともになった馬鹿ベルトを『一人にしても大丈夫』と勘違いした時点で、わたくしは王家を見限っていますから。仮初の婚約に体裁など気にする必要はありません。奴の黒歴史が量産されるだけですわ」
王室の恥の上塗りは、卒業までに何度されるのか楽しみだとリリアンは歌うように呟いている。
その上塗りされた恥に対して、高額な慰謝料を吹っ掛けるんだろうなとガリオンとアリーシャは思った。
「手紙を渡せば、エマとキャロルがコレットを排除するために動き出すと思いますので確保した証拠は有効に活用しなさい」
「一応、政敵なんですけど大丈夫ですか?」
「コレットという共通の敵に対して、政敵であっても有効と判断すれば手を組むのが貴族でしてよ」
リリアンの言葉に、アリーシャは成るほどと頷いた。
共通の敵がいるという事は、組織を一つにまとめるのに大いに活躍する。
一種の連帯感が起こり、協力して敵を倒すことで達成感を得ることが出来る。
学園で培った人脈が、成人して貴族社会で役に立つことをバーバリー伯爵夫人から耳にタコが出来るくらい口を酸っぱくして言われ続けてきたことを思い出した。
「手紙を渡した後は、チャイルド嬢とレイス嬢の指示に従うという事ですか?」
「指示に従うというよりは、協力するという言い方が正しいわね。貴方たちは、わたくしの従者であることを念頭に置いて動きなさい」
「分かりました。馬鹿への手紙がないので、ヘリオト商会で生産している廃棄品を馬鹿ベルトに手紙の代わりに渡しても良いですか?」
「……良いわ」
アリーシャの言葉にリリアンは、少しの沈黙の後に是と答えた。
「ありがとう御座います。それから、学園からの請求書なんですけど……」
言い辛そうに切り出すと、リリアンも不穏なものを察知してか声が強張っている。
「聞きたくないけど、言って頂戴」
「馬鹿ベルトの調教で色々と壊してしまって、中金貨三枚ほど請求されています。経費で落ちますよね?」
「ふぁ? ……ちょっと待って。中金貨三枚って何を壊したの?」
受話器の向こうで取り乱した声のリリアンに、アリーシャとガリオンは顔を見合わせる。
中金貨三枚もこの短期間で請求されることになるとは、リリアンも予想だに出来なかったことだろう。
「王族用のサロンのテーブルを破壊しました。後は教室の机や椅子、ヘリオトロープの会で押さえているサロンのテーブルをいくつか壊しました。馬鹿女とイチャついていたベンチ、食堂のテーブルも壊しました。他にも沢山ありますが、聞きますか?」
金額が高いものを少しだけ伝えたが、金額の小さい物だけで言えば、数百件は下らない。
アリーシャが壊したものリストをチラ見していたガリオンは、「うわぁ…」と声を上げながらドン引きしている。
「いえ、遠慮するわ。その請求書は絶対に無くさないように保管して頂戴。婚約破棄の時に、慰謝料に上乗せして請求するから。後、誓約書類はアングロサクソン家で保管しておくこと。くれぐれも持ち出さないように」
ずっと鞄に仕舞って持ち運びしていたとは、アリーシャは口が裂けても言い出せなかった。
「他にはないわね?」
「一緒に送られてきた撮影機一号君の使い方を教えて下さい」
「操作方法は、書かれてたでしょう」
「文字ばっかりで分からないから言ってんだろうが」
下手に弄繰り回して壊したら後で何されるか分かったものじゃない。
折角リリアンと連絡がついたのだから、口頭で操作方法を教わるのが賢明だとガリオンが主張した。
リリアンは、面倒臭そうに起動のさせ方から録画・再生の仕方、停止のさせ方、原動力である魔石の交換の仕方まで丁寧に教えてくれた。
「そろそろ仕事に戻らないといけないから、何か分からないことがあったら連絡しなさい」
そう言うと、リリアンはこちらの返事を待たずにブチッと電話を切ってしまった。
「言い逃げかよ……」
「まあ、最低限のことは確認出来たから良いんじゃないかしら。取り合えず、今日は兄さんが馬鹿ベルトに張り付いておいてね。私は、廃棄品回収してから学園に向かうから。適当な理由をつけて遅刻するって言っといて」
アリーシャは、それだけ言うと鞄に手紙を詰めて出て行ってしまった。
「マジかよ……」
ポツンと残されたガリオンは、撮影機一号君を鞄に仕舞い溜息を吐きながら戸締りをしてママチャリにまたがり公道を爆走した。