エンバス兄妹の受難2
アリーシャがコレットの動向を証拠に収めている間、ガリオンはアルベルトから彼女を引き剥がそうと躍起になっていた。
「コレット嬢、男性にそのように身体を押し付けるような行動は慎んで頂きたい。殿下も、コレット嬢との噂は耳になさっているでしょう! 不貞行為と取られてもおかしくないんですよ」
「お前は、口を開けばそればかりしか言えんのか。大体、そんな低俗な噂を信じる方が馬鹿なんだ。放っておけばいいだろう」
アルベルトはイライラした様子で、ガリオンを睨みつけている。
「アル様、怒ったらメッですよ。ガリオン様も、仲良く、ですよ」
チョンッと鼻の頭を人差し指で突かれ、怖気が全身に走る。
「皆さん、ちょっと誤解されているだけなんです。お友達なら、これくらい普通ですよ」
とまな板の胸を押し付けてきた。
見え見えのぶりっ子女のどこが良いのかサッパリ分からない。
「ツルペタのまな板の胸を押し付けてくるな。気持ち悪いんだよ」
思わずボソッと本音が零れてしまった。
多分、コレットにも聞こえたのだろう。
硬直している。
ガリオンは、それを見逃さず腕を振りほどいた。
「殿下の立ち居振る舞いが、周囲に影響を及ぼすことを理解して下さい。特定の女性と、しかも身体を密着させて寄り添っている姿を他の者が見れば、現を抜かして浮気しているとレッテルを貼られるのは殿下なんですよ」
「あの女は、婚約者を放置し学園にも来ず連絡もつかない。あいつこそ、浮気してるんじゃないのか」
「主は、王命で仕事を与えられ一時的に学園を離れているだけです。それは、事前に王妃殿下からご説明があったかと思いますが」
「そんなのは知らん。覚えてないな」
大事な要件ですら覚えていない鳥頭に、ガリオンの堪忍袋の緒が切れそうになる。
リリアンみたいにグーで殴りたい。
「俺は、俺のしたいようにする。学業を疎かにしているわけじゃない。大体、コレットは編入してきたばかりだ。俺は、コレットの数少ない友人だ。コレットが、学園に慣れるまで面倒を見るのは当然の義務だろう。これから勉強会をするから、あっちへ行け」
青薔薇の会が抑えている王族専用サロンの前で、ガリオンは今日も追い払われてしまった。
チラチラとコレットがこちらを見ているが、何もかもどうでも良くなりチッと舌打ちをしてその場を後にした。
学園の目の前にある家に戻ると、アリーシャがぐったりとした様子でうなだれていた。
「その様子を見ると、進展はなさそうだな」
「馬鹿王子との浮気の証拠はバッチリ押さえてある。ただ、あの女……他の男子にも手を出しているの。中には、婚約者持ちもいたわ」
その言葉に、尻軽に拍車がかかっている。
「そういうガリオンはどうなのよ」
「こっちも毎回同じことの繰り返しで押し問答している。馬鹿ベルトの奴、王族しか使用できないサロンを使いやがって。お陰で入ることもできず、門前払い喰らってる」
ダンッとテーブルを叩きながら怒りをあらわにガリオンに、アリーシャは落ち着けとお茶を入れて渡した。
「一度、交換してみない? あの女、ガリオンに気がありそうな雰囲気だったでしょう。私は授業中の態度の監視しかしていないから、ガリオンほど拒絶されることはないと思うの。馬鹿ベルトの好みも把握しているし、逆に女の私をぶつけて牽制させるというのもありよ」
「……確かに一理あるな。俺達は、あくまで馬鹿の監視役。護衛の任までは請け負ってない。よし、明日から交代するぞ」
「分かったわ。馬鹿に関して集まった証拠はあるから一先ずリリーに相談しましょう」
「そうだな。そうしよう」
渡されていた携帯電話に連絡を入れるがなかなか繋がらない。
向こうも忙しいのだろうか。
粘ってみたが出ないので切ろうとしたら、やっと通じた。
「もしもし、リリー? 今大丈夫?」
「全然大丈夫じゃありませんぞ、アリーシャ。携帯は、私用で使うことを禁じられていますよ」
フリックの渋い声に、アリーシャがビシッと固まる。
「お嬢様に接する態度ではありません」
リリアンが携帯していると思っていたから、気を抜いてしまった。
幼馴染の前にリリアンは、アリーシャの主だ。
学園生活を過ごす為に三人で生活するようになって、気が抜けていたのかもしれない。
「……申し訳ありません。以後、気を付けます」
「それで、お嬢様に緊急な用がおありなのですか?」
「はい。アルベルト様のことで相談がありまして連絡しました」
大体のあらましを説明すると、電話の向こうからビキッと不穏な音が聞こえてきた。
「少しお待ちなさい。お嬢様に取次ます」
かつてないほどフリックの低い声に、アリーシャも聞き耳を立てていたガリオンもビシッと固まった。
滅茶苦茶怒ってるーーー!!
ロイドがリリアンを挑発して撒かれた時よりも怒っている。
カツカツと歩く音とブツブツと呪詛を吐くようにアルベルトの暴言を呟いている声が、バッチリと電話越しでも聞こえてきて怖い。
二人して涙目になりながら、早くリリアンに代わってくれと心の中で祈った。
「お嬢様に変わります」
フリックの言葉の後に少しの沈黙を挟み、
「もしもし」
と鈴を転がしたような声がした。
久しぶりに聞いたリリアンの声にホッとしたが、伝えなければならないことが山積みだ。
「リリアン様、大変です! あの腐れ馬鹿が、浮気してます!」
「聞いてくれよ! 変な編入生に付き纏われてんだ。しかも、俺らのこと何か知ってるっぽくって気持ち悪い!!」
二人で一気にまくし立てるように喋ると、ブツッと電話が切れてしまった。
慌てて掛け直すと、今度はすぐに繋がった。
「いきなり切るなんて酷いです!! ちゃんと聞いて下さい。一大事です!」
「いきなり切るなよな! つーか、こっち帰ってこれねぇのかよ? マジで助けて」
文句を言うと、
「あんた達、少しは落ち着きなさい。順序だてて話してくれないと分からないわ」
と返されて、少しだけ冷静になった。
アルベルトの浮気について報告と対策をどうしたら良いか相談したが、彼女からの返答は一貫して身体で覚え込ませろという事と、エマ・レイスとキャロル・チャイルド宛に手紙を出すから必ず届けろの命令だった。
通話を切った後、アリーシャとガリオンはお通夜のような顔をしながら大きな溜息を吐いた。