聖女は性女だった
「な、何の事じゃ……」
バリバリに警戒されているな。
うーん、外見的には羊の獣人に見える。
高レベルの鑑定がなければ、見破るのは困難だろう。
「貴女のステータスは、鑑定で丸裸にしてるから隠しても無駄よ。レユターレン・フォン・フェルマ」
フルネームで名前を呼べば、彼女の顔から血の気が引き真っ白になっている。
唇を戦慄かせて、命乞いするわけでもなく非常に興味深いことを言った。
「わ、わらわを…教会に突き出しても何も変わらん。わらわの代わりなど幾らでもいるのじゃからな」
「魔王って滅びた振りをして眠っては、数百年周期で起きては暴れるって精霊から聞いたんだけど? 違うの?」
その話が違うなら、根本的な部分が間違っていることになる。
「何故それをお主が知っておるのじゃ?」
「現聖女で精霊と契約しているからよ」
そう言うと、レユターレンは目に見えるように怯えてしまい話が出来る状態ではなくなった。
傍から見ると、獣人族の奴隷を虐めている構図だ。
「……行き成りどうこうしようとは思ってないわよ。何代か前に魔族以外を滅ぼそうとした動機とかも聞きたいし、わたくしはね、魔王を倒すなんてクソ面倒臭いことしたくないのよ。時間と金の無駄よ。わたくしが生きている間は、不可侵条約を締結して互いに干渉しない世界を作れればそれで良い! 聖女が魔王を倒す悪習は、最早公害レベルで改定すべき事案だと思っているわ。レユターレン、知っていることを洗いざらい吐きなさい。これは、命令よ」
奴隷として私に買われた以上、ある程度の命令は強制することが出来る。
取り合えず、命令という形で洗いざらい事情を吐いて貰うことにした。
彼女が奴隷になった経緯やら、魔王について色々と情報を得ることが出来たが、聞かなきゃ良かったと心底後悔している。
数代前の魔王が、何故暴走して魔族以外を滅ぼそうとしたのかも納得した。
寧ろ、滅ぼされて当然じゃね? って思ったくらいだ。
ユーフェリアが将来誓い合ったのに、時の神と浮気した挙句、周囲を唆して魔王を悪者に仕立て上げ討伐しようとしたのだから全力で抵抗されても仕方がない。
元凶のユーフェリアに対し、ビッチ過ぎるだろうと思わず突っ込んでしまった。
その前までは、お互い友好とは言い難いが多少の交流はあったらしい。
「あのクソ女、聖女じゃなく性女に称号を変更しやがれ。ビッチの後釜にさせられるなんて、屈辱しかないわ」
バンバンと机を叩き暫く憂さ晴らしをしていたが、彼女の言葉が本当なら史実は全然違ってくる。
勝てば官軍負ければ賊軍とは良く言ったものだ。
「フーッ……。わたくしが魔王の立場だったら、世界の消滅くらいはやる自信があるわ。精霊や獣人がユーフェリアに力を貸したのも、もしかしたら誑かされただけなんじゃないかって思えてくるわ。精霊に関しては、その辺り吐かせる必要があるから一旦置いといて、魔王が獣人と間違えられて奴隷落ちとかないでしょう。どんだけ間抜けなの。あんたの部下は、一体何をやっているわけ?」
普通捜しに来るものじゃないのかと聞けば、
「わらわは、歴代の魔王の中で最弱なのじゃ。魔力量も多くない。わらわを殺したところで、直ぐに新しい魔王が生まれる。わらわは、前魔王の側近に殺されそうになったところをばあやが奴隷商に売って逃がしてくれたのじゃ」
「表向きの魔王は偽物ってわけね?」
そう問いかけると、彼女はコクリと頷いた。
レユターレンも中々に濃い人生を歩んでいる。
この場合は、魔族生か?
「魔王の称号を持っている以上は、貴女が魔王なのよ。見た感じ争いごとは好まなさそうだし、わたくしの条件を飲むなら似非魔王をフルボッコにして魔王の座を貴女にあげるわ」
「……魔王の座は要らん」
「称号がある以上、今後の人生で色々付き纏ってくるのよ? 貴女のばあやが、命を懸けて逃がしてくれたのに無駄死にしたいの?」
「……それは…」
「四の五の言わずにハイと返事なさい! 世界中の種族は皆兄弟、仲良しこよしやりましょうって言いたいわけじゃないのよ。不可侵条約を結びたい。ただ、それだけよ。お互い譲れない部分があるでしょう。正直、このまま世界が滅んでも全然構わないのだけど、わたくしの可愛い天使たちの子孫がツケを払わされるのは嫌なのよ」
世界を救うなんて大それたことをしようなんて思っていない。
私や私の周囲の人間が生きている間、つかの間の安息があればそれで良い。
創造主には悪いが、私にボランティア精神はない。
「……変な人間」
「良く言われるわ! それで、貴女の答えはどうなの?」
「私は最弱だぞ? 本気でやるのか?」
「最弱の種族を侮らないで頂戴。わたくしは、勝算がないことはやらない主義よ。今の貴方は、わたくしの所有物よ。わたくしの庇護下にいるのだから、安心しなさい。何者にも手出しさせないわ! 貴女を逃がしたばあやと連絡が取れるようにしたいから、後で詳しい情報を頂戴ね。わたくし付きのメイドとして働きなさい。やることも、覚えることも沢山あるわよ。目まぐるしく忙しくなるから覚悟しなさい」
フンスと鼻息荒く断言する私に、レユターレンはポカーンとした顔で私を見ていた。
聖女が魔王を庇護するってどうかとは思うが、魔族も色々と複雑な事情を抱えているらしい。
その辺りは、『ばあや』という人物が鍵になってくるだろう。
まずは、精霊に世界大戦が起きた時の状況を詳しく問いただす必要がありそうだ。
「取り合えず、あいつら全員呼びつけるか……」
私はフリックにレユターレンを私付きのメイドにする為、空いた時間に教育するように頼み、下級精霊に頼んで四大精霊を呼んで来るようにお願いした。