まずは人件費削減から
旧オブシディアン邸に向かい、出迎えてくれた執事長含めたメイド達に軽く挨拶をする。
「リリアン様、お待ちしておりました」
「フェディーラ、書類は馬車の中で確認させて頂いたわ。この家の財政状況も確認したいのだけど、書類は揃っていて?」
「一部揃っています」
「一部? どういう事かしら? あれだけ時間があったのに、何故一部なの? 貴方は、彼等に仕事を振ったのかしら?」
眉を顰め質問攻めにすると、フェディーラは言い訳をするわけでもなく事実に対し淡々と謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ありません。私の監督不行き届きです」
「そうね。でも、仕事は振ったのでしょう?」
「勿論です」
そこの言葉を聞いて、ギロッと執事長の睨みつける。
「貴方、ここの執事長で間違いないのよね、デューク・ロイス」
十代前半の小娘に睨まれたところで怖くも何ともないのか、嘲るような笑みを浮かべて頷いた。
「オブシディアン家の執事長のデューク・ロイスです。敏腕の領主が来ると伺っておりましたが、とてもお可愛らしいお方ですね。お会いできて光栄です」
彼の言葉から仕える気はなさそうだと判断した。
そこかしこから聞こえるクスクスとした笑い声に、フリックの顔から表情が消えた。
かなり怒っている。
精霊達も殺気だっていることを考えると、さっさと処分してしまわないと仕事に支障をきたしそうだ。
「フェディーラから今日からわたくしが、この屋敷の主となることは聞いてなかったようね。今、笑った者も含めて今この場で解雇するわ。フリック、後任になれる人材を見繕って育てなさい。どのくらいで育てられますか?」
「王都の屋敷と同じと仰るのであれば、最低でも三年は必要で御座います。息子程度で良いのであれば半年あれば十分かと」
「妥協してロイド程度で良いわ。ああ、今解雇された方には退職金なんて出ないわよ。侮辱罪で訴えられないだけ有り難いと思いなさい。自分の荷物を取ってさっさと出て行くことね。火事場泥棒のような真似をしようとすれば、精霊の悪戯に遭うわよ。最も、悪戯と呼んで良いほどの可愛らしいものでは無いけれどね」
殺しはしないだろうが、半殺しか一生もののトラウマを植え付けるくらいはするだろう。
「早速、面接するわ。フリックも同席しなさい。フェディーラは、本日付けで退職する者達をさっさとこの屋敷から追い出しなさい。無能を養うだけの時間と財力は持ち合わせていないのよ」
駄犬でさえ、自分で金を稼いでいるのだ。
仕事が出来ない無能は要らんとハッキリと言い切り、私を見て笑わなかったメイドの一人に執務室へ案内させた。
アングロサクソン領の屋敷よりも大きな屋敷だ。
移動するのが重労働だと思いつつ、通された執務室は趣味の悪い装飾品で溢れかえり、肝心の書類や書籍が見当たらない。
「ねえ、そこの貴女。本当にここが執務室? 書類や書籍がほとんど見当たらないのだけれど」
「え、あ…はい。前領主様は、執事長に全て仕事を丸投げしていたので書類は執務長が持っているかと思います」
その言葉に、私はフリックを見た。
「フリック、前言撤回よ。解雇した者、全て拘束して一ヶ所に監禁しなさい。それが終わったら、屋敷中の者達と面談するから執務室に寄こしなさい。精霊達、屋敷にいる人間全て、外へ出られないように結界を張って頂戴。すでに出た者が居たら、行動出来ないように拘束して。殺しては駄目よ」
物騒な命令を下す私に対し、メイドは青い顔でブルブルと震えている。
フリックは、綺麗な礼を見せて執務室を後にした。
「やらなければいけないことが多すぎて何から手を付ければ良いのか分からなくなってきたわ」
王妃も本当に面倒臭いことを押し付けてくる。
「えっと、貴女の名前を聞かせて貰っても宜しいかしら?」
「アリス・ダリアと申します」
「アリスね。わたくしは、リリアン・アングロサクソン。アンジェリカ様の命令で、代理領主として派遣された者よ。面談するから、そこのソファーに座りなさい」
アリスは、おずおずと言った感じでソファーに座りソワソワしている。
落ち着きがないのも如何なものかとは思うが、見た感じ十代後半になったばかりといったところだ。
落ち着きを求めても仕方がないだろう。
「アリスは、何の仕事をしているのかしら?」
「私は、レディースメイドです。公爵夫人の身の回りのお世話をしておりました」
「この調度品の趣味は、誰の趣味?」
「公爵様の趣味で御座います。チェインバーメイドが配置を決め、ハウスメイドがその指示に従い掃除をして管理を行ってます」
「どのくらいここで働いている人がいるか把握している?」
「いえ、全て把握しておりません。同じ仕事をするものくらいです」
「読み書きや暗算は出来るかしら?」
「いいえ、出来ません」
最後の質問には、アリスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
普通、メイドにそこまで求めることはない。
しかし、公爵家で従事するならある程度の知識は必要になってくるだろう。
何だろう......この違和感。
「このまま働き続けるなら、最低でも読み書きと算術は出来なくてはならないわ」
「そんな!! それじゃあ、路頭に迷ってしまいます」
んん? 不穏な言葉が出て来たぞ?
「確かに解雇された場合は、そうなるかもしれないけれど。公爵家で働いていた実績があれば、他の貴族のところでもメイドとして雇って貰えるでしょう?」
「私は奴隷です! ここにいるメイドの殆どは奴隷なんです!!」
「借金でもしたの?」
「違います。里親に売られて、ここに来ました」
「………ごめんなさい。頭が追いつかないわ。詳しく話して頂戴」
「私は孤児で教会の施設で育ってました。ある程度育つと、里子に出されるのです。里親が私をナリスの奴隷商に売り、公爵様に買われました」
私が求めてた情報源の塊が、目の前に居た!!
嬉しいやら腹立たしいやら、思わずボキッとペンを折ってしまった。
「アリスのような人が、ここでは多く働いているのかしら?」
「? はい。そうです。街にも奴隷商があります。そこにいる奴隷の殆どは、私と同じ理由の人が多いのではないかと思います」
この少女を手放すと、情報源も一緒に手放してしまうことになる。
「オブシディアン領は地図上から消えたわ。そして、この地の財産は国のものと定められているのよ。だから、元オブシディアン公爵達が買った奴隷は国の財産なの。屋敷で働いている奴隷達の現状を把握したいし、必要なら解放して新しい職につけるように手配すると誓うわ。だから、わたくしに協力しなさい」
そう断言すると、彼女はポカーンとした顔で私を見つめた後、ボロボロと泣き出した。
「そんな事言われたの初めてです……うわぁぁあん!」
「淑女たる者、人前で泣くのはお止めなさい。ここで働くにしても、どこかへ働くにしても知識や教養は必要になってくるわ。だから、仕事をしながら勉強をしなさい。勉強に必要なものは、わたくしが全て負担するわ。勿論、仕事の時間も融通を利かせてあげます。その代わり成果を出さなければクビよ」
「がんばりまずぅぅ」
ズビズビと鼻を鳴らしながら頑張ると言った彼女に、私は「よし」と頷きハンカチで涙を拭ってやった。
その後、一人一人面談をし精霊に虚偽を見極めて貰いつつリストラを行った。
リストラされた人間は、色々と後ろ暗い事をやらかしていた奴ばかりだったので色々とスッキリとした。
父に電話で状況を伝え、趣味の悪い調度品の処分について了解を貰い、速攻フリックに屋敷内の不要な調度品の処分を依頼した。
翌日には、白と黒を基調としたシックな屋敷へと様変わりしてフリックの有能さに惚れそうになったのは内緒である。