エバンス兄妹を紹介しました
飛び級と併せて中・高等部の卒論と卒業試験、院生入試試験を一ヶ月で行うことになったのだが、まだその前にやるべき事が一つあった。
それは私の代わりにアルベルトへのお目付け役として派遣する、アリーシャとガリオンの二人の紹介だ。
ガリオンは、何度か顔を合わせたことがある。
向こうは憶えていないかもしれないが、私と決闘するに至った元凶の一人だ。
騎士科のガリオンと侍女科のアリーシャを連れて、教室へと足を踏み入れた。
一瞬、私の方に視線が集中する。
まあ、それもそうだろう。
普通は、他学科の人間が入ること自体おかしいのだ。
余程の事情が無い限り入らない。
云わば縄張りのようなものを、私の従僕が侵しているのだから身構えるのも当然のことだろう。
「おい、リリアン。何だ、そいつらは」
最初に声を掛けて来たのは、やはりと言うべきかアルベルトだった。
「これからお話致しますわ。その前に……殿下、言葉遣いに気を付けて下さいと何度言えばご理解頂けるのでしょうか?」
グッと拳に魔力を集めて机を軽く叩くと、木っ端みじんに粉砕した。
ニコニコと笑みを浮かべながらつつも、魔力光で輝く拳をチラつかせて見せると青い顔で言い直してくる。
「リリアンさん、その方達はどのようなご用件でここに来られたのでしょうか?」
若干、違和感のある言葉遣いだがアルベルトにしては及第点をあげよう。
魔力を解除した拳を下ろし、二人を紹介する。
「侍女科のアリーシャ・エバンス、騎士科のガリオン・エバンスです。魔法科への編入試験を受けますので、一ヶ月後にはクラスメイトになる者達ですわ」
「ガリオン・エバンスです。リリアン様にお願いをして、先に顔合わせだけでもと思い挨拶にまいりました。クラスメイトになれましたら、仲良くして下さい」
大きな猫を被ったガリオンの言葉遣いに鳥肌が立った。
キモイ! キモ過ぎる!!
ギロッとガリオンを睨むと、奴はしたり顔で笑っている。
女子生徒達は、ワイルド系イケメンに騙されてポーッと顔を赤らめていた。
「アリーシャ・エバンスと申します。私もこちらへ編入出来ましたならば、クラスメイトとして良い関係を築きたいと思っております。宜しくお願いします」
制服の裾を摘まみ軽く腰を落とし会釈をしている。
洗礼された礼儀作法に、男女ともにアリーシャに見とれている。
彼女は、一見愛くるしい美少女だ。
さぞモテるだろうが、中身は結構良い性格をしているので同年代のクラスメイトくらい手玉に取りそうだ。
美形兄妹が編入してくることに、クラスメイトのテンションがおかしいことになっている。
「彼等を紹介するだけではないのだろう?」
「あら、殿下にしては鋭い質問ですわね」
アルベルトの言葉に、私は純粋に感心した。
知り合ってからかれこれ、生まれつきの馬鹿を体現しているアルベルトが、深い思考…所謂深謀深慮を持っていたとは考えていなかったからだ。
「わたくしは、所用で学園を暫く離れることになりましたの。殿下の傍にはこの二人を付けようと思いまして、編入させることにしましたの」
「貴女が居なくても、私は一人でも大丈夫だ」
私の言葉に憤慨するアルベルトに、無言で拳を見せると押し黙った。
本当に学習能力の無い奴だ。
「本当に? レポートや課題を一人でこなせるなら、わたくしもここまで致しませんわ」
「……」
私の言葉にアルベルトは黙った。
黙らざるを得なかった。
それもそうだろう。
このクラスで出されるレポートですら苦戦するのだ。
試験などが絡んできたら、一人ではどうにもならないだろう。
頼みの綱である学友も、自分のことで精一杯になるのを見越した上で、私がエバンス兄妹を送り込んでいるのだと解釈したようだ。
「騎士科と侍女科では、学ぶ内容も異なるが途中からの編入で付いていけるものなのか?」
「わたくしの従僕は、その程度のこと造作もなく出来て当然でしてよ。彼等は、幼い頃からわたくしと共に学んできた学友ですわ。秀才と名高いジャスパー様と同じクラスに編入出来るくらいの知識は要してます。ご安心なさって」
「……貴女から聞くと無性に腹が立ちますね」
「誉め言葉として受け取っておきましょう。彼等は、わたくしの代わりだと思って下さいませ。殿下が道を踏み外した時は、全力で軌道修正させて頂きます。宜しいですね」
凄味が増した笑みでアルベルトに微笑むと、青ざめた顔で彼は頭を縦に振った。
「では、こちらにサインを」
ピランと一枚の紙を取り出し、アルベルトにサインと血判を要求した。
渋られたので、売り出し前の新製品の化粧セットをプレゼントすると耳打ちしたら、すんなりとサインと血判をくれた。
本当に馬鹿である。
書類に不備は無いか確かめて、鞄の中に仕舞う。
「例の物は、後で寮に届けますわ。わたくし達は、編入の事を先生とお話しなければなりませんの。殿下、申し訳ありません。それを片しておいて下さいませ」
粉砕した机を指さして言い残すと、私はさっさとエバンス兄妹を連れて教室を後にした。
教室を出て、人通りがない廊下を歩いているとガリオンが口を開いた。
「おいおい、あれでも一応王子だろう。あんな扱いして良いのかよ。それ以前に、机壊して大丈夫なのか?」
「寄付金はたんまりと弾んでますから、机の一つや二つ壊したところで苦情なんて来ませんよ。来たところで、駄犬の躾と言えば納得するでしょう」
フンッと鼻で嗤うと、アリーシャが苦笑いを浮かべながら苦言を呈した。
「だからと言って、物を壊すのは良くないわ。あれでは、完全に調教しているようなものじゃない」
「え? 調教しているのよ。アリーシャ、何を今更なことを言うの。普通に噛み砕いて説明しても、十話したことの一つも理解出来ない相手なのよ。言って聞かせて理解出来ないのなら、殴って聞かせて理解させるのが当然の摂理でしょう。まだ、魔物の方がお利巧だと断言出来るわ。まあ、何はともあれアレが何か仕出かしたら殴ってでも止めなさい」
「それは、無理があるんじゃないか? 俺、不敬罪と暴行罪のコンボで牢屋に入りたくないんだけど」
「私も同感」
嫌そうにする二人に対し、私は先ほどアルベルトにサインと血判をさせた紙を見せて言った。
「殿下が学園または、国家にとって不利益な行動や言動を取った場合は教育的指導の範囲内の体罰と説教は暴言・暴力に値しない旨の署名を貰ってあるから大丈夫」
「うわぁ……やることがえげつない」
「手口が詐欺だわ」
「失礼ね。ちゃんと書類に目を通さないのが悪いのよ」
「いや、この書類は真言で書かれているから読める人間は限られてくるだろう」
「そうね。でも真言の中でも比較的簡単な文字で書いてあげているのよ。この私が、本気で書いたら魔法省の所長でも読めないんじゃないかしら」
漢字を多用するだろうし、意味すら理解出来ないだろう。
スミスでも、まず無理だと断言できる。
「さっさと手続きを済ませるわよ。飛び級出来ても、これじゃあ意味がないわ。誰かあの駄犬を引き取ってくれる人いないかしら」
十代前半で領地経営とか無理ゲー過ぎる。
「不在の間は、俺等が何とかすっから頑張れよ。師匠もいるし、サクッと終わるんじゃねぇの?」
「終われば苦労しないっつーの。フリックの仕事は、あくまでフェディーラの監視と観察。ついでに護衛ね。それ以外は望んでないわ」
旧オブシディアン領が、どのような状態かによっては仕事が長期化する可能性がある。
私がその場に居ない程度には機能しないと、身動きが全く取れなくなるのだ。
ナリスとの繋がりも気になるし、最悪を想定して行かなければならない。
そうこうしている内に学園長室の前に着いた。
大きく深呼吸をして、コンコンとノックすると中から返事が返って来た。
「リリアン・アングロサクソン及び、ガリオン・エバンス、アリーシャ・エバンスです。入室の許可をお願いします」
「入りなさい」
ガチャッと部屋の鍵が開き、ドアが自動で開く。
片眼鏡をかけた学園長が、白い髭を撫でながら手招きをした。
「待っていたよ。君の御父上から話は聞いている。リリアンは飛び級で院生に、エバンス兄妹は魔法科への編入だったね」
「はい。仰る通りです」
そう答えると、校長は髭を撫でながら少し考え込んだ。
「エバンス兄妹については、入学時の適性検査やテストでもっと上のクラスでも良いと思っている。ただ、リリアンに関してはいきなり院生まで飛び級となると、前例がないのだよ」
「それは存じあげておりますわ。わたくしの抱えている事情で、時間の融通が最も利くのが院生でしたので選ばざる得なかったと申しましょうか」
大公家の娘が、出席日数が足りずに留年とかなれば経歴に傷がついてしまう。
私の可愛い天使たちが、学園に入学した時にそれでからかわれたとなれば相手を殺してしまうかもしれない。
「いくら首席で入学したとはいえ、学ぶことは多いだろう。中等部の三学年なら飛び級を許可しよう」
話が通じない。
学園に通っているのは勉強のためではなく、人脈作りのためだ。
この学園で学ぶことはない。
寧ろ、スミスのところで殆どの課程を学んだと言っても良いだろう。
「お言葉ですが、リチャード・スミス氏をご存じですか?」
「大賢者のスミス先生か。勿論、知っておるぞ。それと飛び級に何が関係あるのかな?」
「スミス先生に真言を教えたのは、わたくしでしてよ。この学園に入学したのは、殿下のお守りと人脈作りのためだけですわ。義務がなければ、通っておりません」
そう啖呵を切ると、校長は鳩が豆鉄砲を食ったようポカーンとした後、笑い出した。
「ハハハハハ、これは随分と大見得を切った嘘を吐く。そんなバレバレの嘘を吐くものでは無いよ。君が、あの大賢者から師事を受けていることは有名な話だ。スミス氏に真言を教えたと大法螺を吹くのは止めたまえ」
「嘘ではありません。直接スミス先生にお聞きになったら如何です? 今、ここに来ていただきましょうか? わたくしにとって、この学園で学ぶことは何もありませんの。義務だから仕方なく通っているだけなのですわ」
学園長の言い草に腹が立ち、精霊にスミスを連れてこられるかと聞くと「出来るの~」と可愛らしい返事をされたので、連れて来てくれと頼んだら、物理的に連れてきた。
土の精霊がスミスの動きを封じ、風の精霊がスミスの身体を浮かして人間ロケット宜しく飛んできた。
スミスが咄嗟に自分にかけた防壁魔法がなければ、その場でお陀仏になっていたかもしれない。
窓を突き破って入って来たスミスに、私は制服のスカートの裾を摘まんで軽く挨拶をした。
「スミス先生、お久しぶりですわ。突然、呼び立てて申しわけありません。どうしても、スミス先生の証言が欲しくて精霊達にお願いして連れてきて貰ったんです」
「……そういう事でしたか。私でなければ、死んでましたよ」
「次回からは、もっと優しく連れてくるようにお願いします」
テヘペロと軽く謝ると、スミスは大きな溜息を吐いた。
「それで、何の証言をしたら良いのかね?」
「私が、先生に真言を教えたことをですわ。諸事情で学園を一時的に離れる必要が出来ましたの。時間的に融通が利く院生へ飛び級しようと思ったのですが、学園長が大法螺と決めつけてくるんです。なので証言者として来て頂いた次第です」
そう説明すると、成るほどとスミスは頷いた。
「学園長、彼女の言っていることは事実です。私が賢者の称号を得られたのも、彼女が真言を教えてくれたからです」
「貴方が彼女に言わされているだけなのではないのですか?」
その発言に、精霊達が殺気立った。
散々コケにしたのもあって、「殺っちゃう?」「殺っちゃおうよ」と不穏なことを言い始めている。
ダメだと抑えているが、ポルターガイストが起きたかのように物が飛び交い蝋燭の火は轟轟と燃え盛る。
「リリアン、精霊達を鎮めなさい」
「鎮めてますよ。殺されないだけマシだと思って下さいませ」
私がGOサインを出したら、殺す勢い満々だ。
殺さないように抑えている。
「スミス氏、どういうことですか? 説明して下さい!!」
「どうもこうも、彼女は聖女ですよ。神の愛娘、精霊の愛し子と呼ばれています。事前に通達があったはずです。精霊達がこうして怒ると言うことは、彼女を全面的に否定したからでしょう。彼女は、院生として十分な成果を上げるでしょう。私が保証します。高等部の卒業論文とテストを受けさせ合格すれば院生に飛び級させてあげれば宜しいのでは?」
「そんな前例はありません!」
「前例云々言う前に、学園長!? 貴方自身が死んでしまうと思いますよ?」
その言葉で学園長が折れ、私は高等部の卒業論文と試験を受け院生の飛び級に成功した。
ちなみにそのテストは、高等部で行うような内容ではなく、魔法省の入試の問題だと発覚したのは随分と後のこととなる。