エリーナを返り討ちにする
済みません。体調を崩してUPが遅れました(;'∀')
リズベットが私に楯突いたことは、瞬く間に広がった。
精霊をお使いを頼んで、父にオブシディアン家へ正式に抗議するように要請した。
翌日、今度は彼女の姉エリーナが教室に訪れた。
隣には、頬を赤く腫らしたリズベットが震えながら立っている。
無視を決め込んでも良いのだが、それはそれで私に対する印象が悪くなる。
「御機嫌よう、リズベット嬢。お顔が腫れておりますわね。それでは、上手く話すことも難しいでしょう」
私はリズベットの頬に手を翳した。
光の精霊に魔力吸って良いから、治してやってと頼む。
勿論ごねられたが、好きなだけ吸って良いよと言えばリズベットの傷を治してくれた。
その代わり、ごっそり根こそぎ魔力を持って行かれたがな。
少しふらつく私の肩をアルベルトが押さえてくれた。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「精霊にお願いして彼女の傷を癒して貰ったのです。わたくし自身に聖魔法の適性はありませんが、精霊魔法は使えますので光の精霊に魔力を対価に頼んだのですよ。一度は拒まれましたけれどもね」
拒まれた理由は、ここにいる誰もが察しているだろう。
「少し身体が辛いの。座っても良いかしら? リズベット嬢もお座りになって」
私は、エリーナは丸っと無視をして話を進める。
話の主導権を握ってこようとする異端分子は、早々に退出して頂くに限る。
「リズベット嬢、何がどうなってあのようなお顔になられたのかしら?」
私の言葉に、ビクッと肩を大きく跳ねブルブルと震えている。
リズベットの視線が、エリーナを捉えたのを見て元凶は姉かと判断する。
身内がここまで制裁を下したのだから、大事にするなと釘を刺しに来たのだろうが遅い。
もしするなら、昨日、問題が起きた時点で行うべきだった。
少なくとも昼休みまでに正式に謝罪をしていれば、大事にはならなかっただろう。
「いえ、言いたくないのであれば無理に言わなくて結構ですわ。誰かにされたのであれば、立派な傷害事件です。この学園で、暴漢者が居るとなれば由々しき事です。警邏隊に知り合いがいますので、紹介しましょうか?」
暴行を働いたのは、エリーナで間違いないだろう。
暴漢者と言われた手前、どう出るかお手並み拝見といこうではないか。
「……結構ですわ」
「何故ですの? か弱い女性に乱暴を働くような者が、学園に居ること自体が由々しき問題なのですわ。今回はその程度で済んだことかもしれませんが、次も同じとは限りませんのよ。そのような乱暴を働く者を放っておけば、安全に安心に学園生活を送ることなど出来ません。ましてや、殿下も通っているのです。万が一、殿下に何かあったらどうなさるのです。殿下もそう思うでしょう?」
「ああ、そうだな。女子の顔を腫れあがるまで叩くなど、あってはならない事だ。顔に傷が残ったらと考えたら、それこそ未来が閉ざされるではないか」
どの口が言うとツッコミたいが、最近自分の容姿が金になると分かって以来、アルベルトは身体に傷をつけるなど万死に値するという考え方にシフトチェンジした。
剣を持つのも嫌がるようになり、男子力は落ちたが女子力が上がるという奇怪な事態に発展しつつあり、私はそれも面白いと傍観を決め込んでいた。
アルベルトの同意で、リズベットに暴行を加えた、もしくは誰かに命じて暴行を加えさせた姉のエリーナの顔色が悪くなる。
相手の顔色も旗色も悪くなりつつあるが、喧嘩を売ってきたのはそちらである以上は手を抜くつもりはない。
「傷を見る限り、リズベット嬢は犯人を真正面から見ていますね。誰にされたのですか?」
「あ…う……っ、ィ…」
言葉にしたくても言葉に出来ないくらいに怯えた彼女を見て、エリーナの恐怖政治は妹のリズベットにまで及んでいるようだ。
「リリアン様、申し訳御座いません。リズベットは、上手く話せないようなので代わりに私が代弁致します」
しびれを切らしたのか、ここで漸くエリーナが口を挟んできた。
妹を庇う姉の体を取りたいのだろうが、そうは問屋が卸さない。
「どこの誰だか存じませんが、話の腰を折らないで頂けませんか? 当事者である彼女とわたくしの話に口を挟まないで下さいまし。そもそも、わたくしは貴女が誰なのか存じ上げておりませんのよ。名前を呼んで良いとも、口を開いて良いとも言っておりませんわ」
貴族社会において、目下の者が目上の者に声を掛けてはならないのは暗黙のルールだ。
学園は平等を掲げているが、それは表立っての事であり、基本的に変わらない。
「失礼ですが、学園で家を持ち出すことは禁じられています」
「ええ、そうでしょうね。でも、貴女は胸を張ってそう言えるのかしら? エリーナ・オブシディアン嬢。わたくしが、何も知らないとお思いで? 貴女が、わたくしのお友達に家の権力を振りかざし好き勝手したことを知らないとでも? だからこそ、貴女だけには言われたくないのですよ。リズベット嬢が行った事に対しては、昨日のうちに正式に抗議させて頂いております。今更、謝罪に来られても抗議を取り下げることなど出来ないことくらいは、聡明な貴女ならお分かりになるでしょう?」
扇子で口元を隠し細く笑みを浮かべる私に対して、エリーナの顔はどんどん険しさを増していく。
美人が怒ると怖いと聞くが、怖いというよりは醜悪だと言うのが私の見解である。
「登校早々にリズベット嬢が問題を起こした。その話は、瞬く間に広がったでしょう。昼休み前には、貴女の耳にも入ったのではありませんか? 何故その時に、彼女を引きずって謝罪に来なかったのでしょうか? そうすれば情状酌量の余地はあったでしょうに。でも全て遅いのですよ。リズベット嬢に手を挙げたのは、貴女ですわね。エリーナ・オブシディアン」
「……私が、妹に手を挙げたと言いたいのでしょうか? それは、誤解ですわ。私は、何もしておりませんもの」
私の指摘に対し、彼女は肩を竦めて否定した。
想定内の言葉に、私は笑みを深くする。
「言い方を変えましょうか。貴女が、周囲の人間……貴女の取り巻きにリズベット嬢に暴行を加えさせた。ああ、否定なさっても構いませんよ。ですが、わたくしの前で嘘は無意味ですからね。精霊は、あらゆる場所に存在しております。特定の人間を調べ上げるのなど造作もない。真相をお話頂けないのであれば、精霊に聞くまでですわ。リズベット嬢が受けた暴力は、体罰ではなく虐待ですわ。わたくしは、『聖女』として貴女を保護することが可能ですわ。今までの暮らしを捨てなければならないかもしれません。望むのであれば、わたくしの手を取って下さいな。わたくしの持ちうる力で貴女を守りますわ」
リズベットに手を差し伸べると、彼女はボロボロと泣きながらその手を掴もうとした。
「止めなさい! これ以上恥をさらす気なの!!」
エリーナの怒声に、リズベットの手が引っ込まれる。
私は、リズベットの手を掴み大丈夫だと言わんばかりにキュッと握る。
「淑女ともあろう者が、声を荒げることほど恥でしょうに。リズベット嬢は、聖女リリアンの名の元に今この時を持って身柄を預からせて貰いますわ。リズベット嬢の仕出かした事と保護の件は別ですので、混同しないで下さいませ。妹を守る義務を忘れ、ましてや暴力を振るうなど言語道断。彼女に対しての暴行について調査させて頂き、然るべきところに提訴します。追って処分が下るのを待ちなさい」
お帰りはあちらとドアを指すと、周囲の視線が痛かったのか居たたまれなかったのかは知らないが、エリーナは苦虫を噛み潰したような顔で教室を出ていった。
「殿下、わたくしはリズベット嬢の今後について先生とお話してきますわ。教科担任にその事をお伝え頂けますか?」
「分かった。早く戻ってこいよ」
「……言葉遣い」
ボソッと呟くと、
「早く戻ってきて下さいね」
とアルベルトが言い直したのを聞き届けて、私は顔色の悪いリズベットの手を引いて教室を退出した。