リズベットの襲来再び
お茶会の効果はあった。
各会での爪弾き者達が、持て囃されている姿は実に滑稽だ。
保守派の三人娘に関しては、そうとは言い切れない。
リズベットの誘いを断り、彼女達だけを参加させた。
開いた場所もリズベットやエリーナの癪に障ったようだ。
「王族でもない貴女が、どんな手であのサロンを使ったのかしら? 常識外れも良いところよ」
通学早々、私のクラスに押し掛けてきて堂々と文句を言うリズベット。
直情型の馬鹿だと思っていたが、前言撤回だ。
真性のアホだ。
「わたくしの顔を見て開口一番にそれですの? お里が知れましてよ」
「お砂糖だか塩だか、調味料の話なんてしていないわ! 王族以外で使えないサロンをどうして、あんたが使ったのかって聞いているの!! 私でさえ使えないのに。おかしいじゃない」
キーィッとヒステリーを起こしているリズベットに、私は大きな溜息を吐いた。
チラッと隣に座るアルベルトを見ると、関わりたくないと目を逸らしている。
そうは、いくか。
「殿下、ご説明差し上げて」
「何で俺が……」
グッと机の下で拳を握りながら、
「言葉遣いが乱れてましてよ。まあ、そんなことは些末なことなので今は良しとしましょう。婚約者の実家の歴史くらい簡単に説明できるでしょう? 出来ますわよね?」
と優しく説明しろと促したら、渋々だが私の家について語り始めた。
「リリアンの祖父が、前皇帝陛下の弟だ。傍系ではあるが王族の血を引き、王位継承権も持っている。比べて、お前の家は大昔に武勲を立て、時の皇帝陛下から側室の一人を下賜され公爵の爵位を賜った。王家の血など一滴も入ってない者が使えるわけがないだろう」
「色々と端折っていますが、まあ宜しいでしょう。ですが、次回はもう少し説明出来るようになりましょうね」
ゴスッと机の下でアルベルトの横腹に裏拳を叩きこみ、リズベットに向き直る。
「殿下の仰っていることは概ね間違いではありませんわ。他の国では、大公と公爵を同一視するところもありますが、わが国ではハッキリとした明確な違いがあります。血筋もそうですが、現陛下が何等かの事情で政務に就けない時、陛下の代理として国を動かすことが出来る唯一の一族ですのよ。あら、ご存じないといった顔ですね。この国で一番位が高いのは皇帝陛下、次に位が高いのは大公、そして三番目に公爵家ですわ」
噛み砕いて説明してあげているのだが、リズベットは全然納得した様子はない。
寧ろ、火に油を注いでしまった感じになった。
ここで台所にカサカサと潜み這いずり回るゴキブリをスリッパで叩き潰すように、目の前の彼女のプライドを叩き潰すのは簡単だ。
だがそれをしてしまうと、エリーナの方が出て来てしまう。
あれと対峙するのは、時期尚早なので避けたいところだ。
しかし、これを放置すると要らぬ誤解を招いて『王族でもないのにサロンを使った馬鹿令嬢』のウワサを流され、マイナスなレッテルを周囲に植え付けられてしまうのは宜しくない。
ここは、名誉棄損と言うことでオブシディアン家に苦情を入れるのが良いだろう。
リズベットは、一度やらかしているので二度目となれば大目玉を喰らうことは間違いない。
それで多少大人しくなるのであれば、悪くはない選択ではある。
「登校早々に教室に押し掛けられ、大声でデマを流すなんて困った方ですわ。訂正させて頂いたのに、ご納得もご理解もして頂けないようですのね」
暗に『謝罪したら一旦は許してやるよ』的なポーズを取ってみたが、リズベットには全然伝わっていなかった。
「馬鹿馬鹿しい。お父様が言っていたわ。貴女の家は、古臭い家柄だけは良い一族だってね。本当は、私が殿下の婚約者になるはずだったのに権力で、その座を奪ったんですってね。何て傲慢なのかしら! その上、白々しい嘘まで並べ立てるなんて頭がおかしいんじゃないの?」
何と言うか、こうもスラスラと人を罵倒するような言葉が吐けるものである。
これって状況的に名誉棄損よね?
クラスメートという第三者が要るし。
チラッとアルベルトを見るが、こちらと一切目を合わさない。
こいつ、婚約者がこんなことを言われているのに否定なり庇うなりしないのかよ。
政略で結ばれた一時的な関係で、アルベルトのバックボーンとして縛り付けられているこの私を庇わないって、本当にこの駄犬の股間を踏みつぶしたい衝動に駆られるわ。
目の前のリズベットよりもアルベルトに殺意が向いてしまうのは、条件反射であり生理的欲求であり長年堪った不満が暴力……ではなく鉄拳正妻(鉄拳制裁)に繋がるわけだが、それを皆のいる前で行うのは色んな意味で危険な行為だというのは重々承知している。
承知しているが、やはり腹に据えかねることには変わりない。
「これは立派は名誉棄損罪と侮辱罪ですわ。わたくしとアルベルト様の婚約は、本来結ばれるはずのないものでした」
「ほら、見なさいよ!」
「お黙りになって」
興奮するリズベットに黙れと言ってみるが、彼女は私の話など聞いちゃいない。
「貴方が家の力を使ったんじゃない!!」
高らかに見当違いなことを言うので、殺気を込めてもう一度同じ言葉を言った。
「お黙りになって? ……そう、そのまま良い子にお口を噤んでいて下さいな。貴女の甲高い喚き声は、耳に障るのですよ。ピーピー囀りたいのでしたら、どうぞお庭で幾らでも囀って下さいませ。ああ、話が逸れましたわね。元々国内のパワーバランスを考えれば、わたくしが王家に嫁ぐことはなく家を継ぐ予定だったのですよ。ですが、わたくしは精霊の加護を受けました。創造神テトラグラマトン様が、わたくしを『聖女』と認定したのです。アーラマンユ教の神父が、わたくしに害をなし精霊の怒りを買って国内中で治癒魔法が使えなくなったのは記憶に新しいのではありませんか? 現陛下がアルベルト様との婚約を独断で決めたのです。そこに、わたくしの意思もアルベルト様の意思もありませんわ。政略結婚は貴族なら当たり前ではありますが、権力を振りかざして無理矢理結ばされた婚約に何も思うところが無かったとお思いで? 貴女からの暴言の数々は、提訴し法的な処置を取らせて頂きます。後、わたくしを貶めるようなことを仰るのはお止めになった方が身のためでしてよ。わたくしが今は抑えてますが、元来精霊は自由奔放で本能のままに動く存在です。貴女の発言に、怒りを露にしている者達が大勢おりますの。わたくしは、誰かが傷つく姿をみたくありませんわ。そのまま口を噤んで退室なさって」
帰りはあちらとばかりに入口を手で示すと、這うように逃げて行った。
精霊達が『どうやって殺ろう』と相談しているのが怖い。
アルベルトと同じくらいの嫌がらせ程度にしておけと心の中で念じると、ブーイングの嵐が起きた。
結局、精霊達の報復は彼女が魔法を使うたびに暴発するということで決着がついたようだ。
平和的解決で何よりである。
私の方は、誹謗中傷と名誉棄損で提訴し損害賠償を求めましたとも。
前回の件で凝りてないな~と思いつつ、ガッツリ慰謝料を毟り取ってやった。
あの家も、そろそろ慰謝料などで首が回らなくなりそうだ。
裏から手を回して高利貸しでもして、家庭崩壊させてやろうかしら。
何て細く笑みを浮かべながら、私は物騒この上ないことを考えていた。