お茶会は大盛況でした
「キャロル嬢、こちらがヘリオト商会次号のカタログですわ。後、庶民用のチラシもお持ちしましたの」
庶民用という言葉にキャロルは眉を顰めたが、それでも普段着を簡素化したもので可愛いものばかりなのを見て心を奪われているようだ。
人数分、チラシと次号のカタログを配布して様子を見る。
「まるで本物の絵のようですわ」
「絵画に詳しいわけではありませんが、カタログは写真を模倣していると伺っております。写真は貴重な品なので、コストを抑える為に絵を描かせているのでしょうね」
私の言葉に、誰もがホゥッと溜息を吐いている。
絵の中の美少女は、アルベルトの女装姿だからな。
他にもモデルを雇っているが、アルベルトの美貌には敵わない。
一番押したい新作は、アルベルトが必ず巻頭カラーで刷られるのが暗黙のルールになっていた。
「リリアン様、これだけのカタログとチラシを揃えられるのに結構かかったのではありませんか?」
「入手するのに少し大変だったくらいです。そちらは、差し上げますわ。お茶会を楽しんで頂けるなら、苦労が報われますわ」
金の話は一切しないが、そのカタログとチラシに付加価値を付けるために『入手困難』というワードを匂わせる。
さらに、プレゼントされるとなれば悪い気はしないだろう。
「リズベット様から時々見せて貰うのとは、また違った内容ですのね」
「わたくしも詳しいことは分からないのですが、幾つか専門の部門があるようで客層によってカタログの内容も変わってくるそうです。これは、まだ公表されてないのですが……誰にも内緒にして下さいね」
声のトーンを少し落とし、ゆっくりと強調しながら同意を求めると、彼女達は固唾を飲んで私を見て頷いた。
「実は、学園用のカタログを作っているそうですわ」
「それは、本当ですか? でも、ヘリオト商会の品は値段が張るのではありませんか?」
「ピンキリだと思いますわ。デリエ嬢、チラシの服とカタログの服の値段を見比べて下さいませ。価格が全然違いますでしょう」
カタログには今年に流行させるドレスが掲載され、チラシには同じ柄だけど簡素になったドレスっぽいワンピースが載っていた。
「同じ生地のように見えるのですが、デザインが違うと印象もガラリと変わりますのね」
「今年の流行を先取りした形で纏めているので、どうしても似てしまう部分はあると思います。ドレスに使われている布の量やレースも違いますので、お値段もそれで変わってくるのでしょう。今年は、水色の服が流行るそうですよ」
そう言うと、皆チラシとカタログを見比べている。
「一月のお小遣いを注ぎ込めば、一着くらいなら買えそう」
ポツリと零したベリルの言葉に、デリエやキャロルも頷いている。
「水色が流行となると、私には似合いませんね」
とオリバーが残念な顔をした。
確かに、赤毛のオリバーに水色のドレスを着せるとドレスだけが浮いてしまう。
類似色が無難ではあるが、流行に乗りたいが乗れないのは辛いだろう。
「流行を追いかけるのも大切ですが、ご自身に似合った色を選ぶ方が宜しいかと思います。色違いのドレスはありますので、オリバー様ならエメラルドグリーンが似合うと思いますよ」
青みの深いアクアマリンの立て爪のネックレスとブレスレットを添えて、Aラインドレスが似合いそうだ。
フリルもレースもないシンプルなドレスだが、裾に波の刺繍が入っているので値段の割にゴーシャスに見える。
「オリバー嬢は、このコーデが似合うと思いますわ。髪は纏めるより流した方が、いつもの印象とギャップが出て目を引くと思いますよ」
私が提示した全身コーデを総額にすると金貨一枚にも満たない。
カタログではなくチラシで再現すれば大銀貨二枚程度で済む。
「普段着ならばカタログではなく、チラシで十分だと常々思ってますの。実際、わたくしの普段着はこちらのチラシで揃えてますし」
「チラシは、量産型ですよね? 何故、大公令嬢が着るんですか? お金がないとか?」
口を閉ざしていたレビが、ガーッと一気に質問してきた。
私自身は聞き流せてしまえる程度だが、他の貴族にしたらイラッとされてしまうのは当然と言えば当然だろう。
ただ質問しているというわけではなく、そこには明確に私が着る理由の真意を聞きたいからだ。
「デザインが良く、機能性も良い。それで安価な服だからですわ。見栄を張らねばならないところは、きちんとした服装をしますが、普段からずっとそんな調子だと気疲れだけでなく懐も痛くなってしまいますもの。贅沢は敵というのが、我が家の家訓ですの。だからと言って、何でもかんでも質素と言うわけではありません」
「リリアン様は、お金の使い道を考えるのが上手な方なんですね」
レビに褒められた。
ウワサでは、貶すような言葉(一応、彼女的には助言)を言う事はあっても褒めることはないと聞いていたので、少し吃驚した。
「貴女にそういう言われると面映ゆいわ。ありがとう」
「リリアン様の私服を見てみたいです」
「わたくしのですか? わたくし諸事情があって寮生活はしておりませんの。学園の近くに一軒家を借りてそこから通ってます。私服姿の写真をお持ちすることは出来ますので、それでも宜しいかしら?」
「写真!! 一枚撮るのに凄くお金がかかる奴ですよね??」
「はい。相場は大銀貨一枚ですね。写真を撮る機械を持っておりますので、宜しければ記念撮影しましょうか?」
パンパンと手を叩くと、チェキもどきを持ってカメラマンになりきったユリアが現れた。
「折角ですし、髪やお顔も綺麗に整えましょう」
そういうと、櫛とメイクボックスを手にしたアリーシャが立っていた。
私の言葉に異論はないのか、彼女達はコクコクと赤べこのように頭を縦に振っている。
彼女達に合う髪型や化粧、制服の着こなし方を伝授して、それぞれ単身で一枚。集合写真で一枚撮った。
ユリアの撮影力の腕はなかなかなもので、私専属のカメラマンになりつつある。
あのポンコツメイドが、王都にきて著しく成長したものである。
思い思いに写真を切っ掛けに、色んな話をしてくれた。
それは、もう派閥の裏事情までマルッとゲロってくれた。
レビだけは、態と喋ったのだろう。
そういう明け透けさは嫌いではない。
お茶会を開いてあっという間に夕方になった。
そろそろお開きにしようと切り出し、私は一人一人にプレゼントを手渡した。
「今日、ここで皆さまと有意義な時間を過ごせた事へのお礼ですわ。自室にお戻りになられてから中身を開けて見て下さいませ。本日は、わたくしのお茶会に来て頂きありがとう御座いました。また、宜しければお話致しましょう」
お土産をお持たせ「御機嫌よう」と彼女達を見送り、足音が聞こえなくなった時点で思い切りハァと溜息を吐いた。
「クッソ疲れたわー。もう二度とやりたくない」
テーブルの上に寝そべりながらグダグダ文句を言う私に対し、
「馬鹿言ってないで帰り支度して下さいよ。サロンの貸し出し時間が迫っているんですから。家に帰るまでは、大公令嬢として振舞って下さい」
とアリーシャとユリアに怒られた。
私は渋々身体を起こし、皺になったドレスを直してサロンを出た。
一歩出た先からは、私は大公令嬢の猫を被って競歩しながらチャリ置き場まで歩いて帰ったよ。