第2章─age26(5)
冬が近づいてきた。
離婚届は舜が持ったままだ。時々、舜からメールが来て近況報告をする。なんとなく、離婚届には触れずにいた。
水族館から、森谷は私のことをハルと呼ぶようになった。つられて私もレイと呼ぶ。
10日に1度くらい夜ごはんを食べに行ったり、飲みに行くようになった。なんとなく友達とは違う空気感がある気がしたけど、レイは体に指一本触れてこないし甘い言葉も言わない。
時々、メールになにも返信のない日があったけど、それに対して問わなかった。
─冬は星がキレイでいいよね。(ハル)
─星とか見るの?(レイ)
─見るよ!職場の近くにある丘からキレイに見えるって患者さんに聞いたんだ。私車ないから行けないんだけど(笑)(ハル)
─それは連れてけってことか?しょーがねー。(レイ)
─やった!(ハル)
当日。
レイの車に乗るのは初めてだった。夜勤明けでしっかり寝てきたけど、ちょっとまだ疲れてるし顔もむくんでる気がした。
ハザードランプがついたレイの車を見つけると、
レイが降りてきた。
「姫、どうぞ。」
助手席のドアを開けてくれた。
「アハハ!ありがとう」
車の中でレゲエが流れてる。ハンドルを持つレイの手がセクシーに見えてどきっとした。
「顔が疲れてる。目が死にかけ。」
レイがそう言っていたずらに笑った。
「ひどっ。これでも必死でキレイにしたんだよっ」
信号待ちでレイの頬を軽くつついた。
「かわいいよ。ハルは。成人式のときみんな騒いでた。」
「ほんとに?化粧マジックかなー?中学のとき地味だったもんね。目立たない自覚あったから同窓会とか行っても忘れられてそうで躊躇したんだ(笑)」
ハルって呼ばれるのにまだ慣れないから、過剰反応してしまう。
「レイは存在感あったよね。デカイから。付き合ってた子もいたよね。」
「あー、いたなー。てかデカイが余計。」
ムスッとしたレイの横顔に、ほんの少し愛しさを感じた。
1時間ほど経ち、丘の頂上に着いた。
星がこぼれそうなほどたくさん見えた。
ふぅ…と漏れる息が少し白くなるほど寒かった。誰もいないベンチに座ってぼーっと見上げる空。
ここ、ホントは舜と行こうって話してた場所だったんだ。
寒くなってからの方が星はキレイだから、冬に行こうって。
ハルは空を見ながら涙ぐんだ。
レイはハルに缶コーヒーを渡して横にすわった。
「オレ、女とこういうとこに来たの初めて。」
「そうなんだ。結構喜ぶ女子多いと思うよ。」
「おまえみたいにか。」
「ハハっ。そうだね!」
レイはいつもと違う真剣な目をしてハルを見た。
「オレ、成人式のときおまえをみて…」
ハルは、緊張してゴクンと唾を飲み込んだ。
「うん」
「なんで、目の回り黒くしてねーんだろっておもった」
ハルはぷっと笑って、
「なにそれー?(笑)」
と大笑いした。
「オレの回りの女って、ギャルっぽくて目の回り黒くした奴多かったから不思議だったんだ。化粧わかんねーしな」
「アイラインか!私目小さいから、ぐるっとしたら余計に小さく見えちゃってだめなんだ。」
小さくはないけど、でかくもない。でも澄んでいてぱっちりしたキレイな目だ。
「化粧って大変だな。」
レイはぷしゅっと缶コーヒーを開けて一口飲んだ。
ふっと白い息を吐き、左手を握ってきた。指輪を見て、切ない顔を見せた。
「旦那とは?」
「離婚届にサインまだもらえてないの」
「会ってんの?」
「たまにね。連絡は取ってる」
「好きなの?」
「嫌いじゃない。好きと言えば好き…わかんない」
うつむくハルのあごを優しくあげて、親指で唇をなぞった。
そして、ゆっくり唇を重ねた。やさしく、いたわるように。
突然の出来事に戸惑いながらも、なるべくしてなったんだと冷静になっている自分がいた。
レイは唇を離すと、抱きしめながら
「旦那に妬いた。オレもう押さえきれない。」
と耳元でささやいた。
ハルはレイの背中に手を回して応えた。レイの鼓動がハルの心をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
「…眠たくなっちゃった。」
ハルは連直明けでかなり疲れていたせいか、どっと眠気が押し寄せてきた。
「帰る?」
「いや。このままもう少しいたい…」
レイの腕の中は広くて温かくて心地よかった。
「わがままだねー」
クスッと笑って、レイはハルの頭をなでた。
二人で近くのホテルに行き、そのままベッドで眠り込んだ。
レイはこのまま抱きたかったけど、ぐっとこらえてハルを腕枕して眠りについた。
旦那の存在がちらついて、心の底に苛立ちがあった。
翌朝、早く目が覚めたハルはレイの寝顔にキスをした。
「…ん?もうちょっと寝かして…」
子供みたいなレイの寝顔がとてもかわいくて中学時代を思い出した。
帰り際、レイはつい言ってしまった。
「次会うときは指輪外してくれないか?」
「そうだね。そうするね。」
ハルはなんとなく満たされた気分で家に着き、シャワーを浴びて再び眠りについた。
「やっぱり好きだったんだ!なんか青春ってかんじ!もう二人ヤってると思ってたけど(笑)」
ハルの部屋で飲みながらケラケラ笑う可奈。実家暮らしの可奈は、暇さえあればハルの部屋にお酒を持って泊まりに来る。
「よくわかんないんだよ。レイに好きって言われた訳じゃないし。私も舜と別れてないしさ。」
「気をつけなよー。まだ別れる前だし、いろいろまずいんじゃない?あ、シンたちと飲みに行く日決まったから。再来週ね。」
ハルは舜の顔を思い浮かべた。
「そうだよね…」
可奈は以前会社の上司と不倫をしていた。
2年続いたが、相手の奥さんから示談の話を持ちかけられ別れた。男は奥さんと可奈のやりとりを知らない。回りを傷つける恋愛が罪深く辛いことを誰よりも知っている。
「レイと同じ大学の子から聞いたけど、結構遊んでたみたいだよ。気になる子にはすぐ手を出して、飽きたらポイ。だから、ハルの事結構大事にしてる気がする。」
もう26だし、若気の至りもあるよね。。だからあんなにキスがうまいのか。なんか納得した。あまり強くないお酒をゴクンと飲み、赤ら顔で大きなため息をついた。
「可奈〰️。私人生迷走中〰️!」
「悩んで迷って良い女になれー!」
「ハハッ」
明け方まで飲んだ。




