第2章─age26(4)
─our side.
同窓会から1ヶ月経ち、ハルと舜は別居した。
最後の日、舜はハルの手を握り
「また会えるよね?」
と震えた声で言った。
「もちろん。当たり前だよ」
と手を握り返した。
好きだけど、それだけでは成り立たない結婚生活。
結婚ってなんだろ。お互いにわからなくなった。
森谷が朝メールをくれるようになり、なんだかんだ一人も淋しくなかった。
駅でメールを打つためにほんの少し早く家を出た。
─おはよう。今日は仕事?(レイ)
─おはよう。そうだよ。森谷は?(ハル)
─オレは今日研修。だるいな。休みの日なにしてんの?(レイ)
─寝てる(笑)やることないし。(ハル)
─寂しい独り身だねー(笑) (レイ)
大体同じ時間に来るメール。
2日に1回が毎朝になり、そのうち朝も夜も関係なくやりとりするようになった。
─9月某日
研修や仕事が続き、日曜日の休みが久しぶりで朝いつもより早く目が覚めた。
ピピッ。森谷からだ。
─おはよう。魚食いてー!
い、いきなり魚?(笑)
─おはよう。朝からどうしたの?(笑)
─そうだ、水族館行こうぜ!魚魚!今日休み?
(いきなり過ぎたか?お願い!休みであってくれ!)
(えっ!急過ぎない?)
─休みだけど…。今日?!
─よし!じゃあ、11時に時計のとこで待ってる。
(よっしゃー!ちょっと強引だけどよかった!)
ど、どうしよう。何着ていこう?!急だよ〰️。スカートじゃない方がいいよね…デニム?カジュアルすぎる?あーー、もう!
これはデートなの?
とくんとくん、心臓が早くなる。
心とは裏腹にネイビーのサマーニットに、ホワイトのパンツにした。落ち着け落ち着け…という気持ちを込めて。
ローズの香りをいつものようにほんの少し手首にふりかけた。
(これ、舜が好きなんだよね。。)
─11時。
方向音痴なハルは、少し道に迷ってしまって10分待たせてしまった。水族館の前にある時計が見えてきた。
(真っ白いTシャツ好きなんだね。スラッと背の高い森谷によく似合ってるよ。)
「ごめんね!駅ついてから水族館と逆に歩いちゃって」
「高城らしいな!行こうか」
左手の薬指にキラッと光る指輪を見つけて、森谷は
「離婚してないの?」と聞いてきた。
「まだそこまで話してないの。」
拳を作って指輪を隠した。
「いいよ、隠さないで。いろいろあるよな。」
(オレも彼女いるって言わなきゃいけないよな。)
「なんで魚食べたいから水族館行こうなの?びっくりしちゃった。おもしろかったけど」
「おいしそうな魚泳いでるかなーと思って」
光に透ける森谷の髪がキレイでハルは見とれてしまった。
「森谷って色素薄い系だよね。うらやましい」
「おじいちゃんフランス人だからかな」
「えっそうだったの?!」
「うそ〰️(笑)」
いたずらに笑う森谷につられて、ハルも自然と緊張がとれた。
入り口からつづく長い長いエスカレーターがここの水族館の特長。高所恐怖症の私は、いつもちょっとこわい。
「エレベーターで行っていい?」
「なんで?」
「下見るのこわいから…」
ちょっと不安そうな顔で見つめると、森谷がハルの手を引いて
「オレが後ろに立っててやるから、前だけ見とけ」
と言ってポンと背中を叩いてエスカレーターに乗せられた。
すぐ後ろに森谷がいる。
手すりの手があと2センチほど近ければひっつくんじゃないか。
右手でリズムをとる森谷の手がハルの小指をかする。
どきどきどきどき。。ちらっと後ろを向くと、
「ハイ、後ろ禁止~」
と頭をクルっと前に向かされた。
たった2分がとんでもなく長く感じた。
エスカレーターでたどり着いたところは水槽のトンネル。
ここは何度か来たことあるけど、決まっていつも
「うわーきれーい!」
と言ってしまうほどキレイな色の魚がたくさん泳いでいる。
森谷はそんなハルの姿に見とれていた。左手の拳を口に当てて、目をキラキラさせている。指輪がキラリと光った。それを見て森谷は切なくなった。
日曜日の水族館は、家族連れやカップルで混雑していた。
森谷は歩くのが早くて、並んで歩いてくれない。
(舜はいつも待ってくれるのに。)
気がついた森谷が、
「早く来いよ。迷子になるぞ」
とハルの手を引いた。ハルは突然手を握られて戸惑った。ついていくのに必死だった。
森谷はメインのジンベイザメに着くと、手を離した。
「歩くのはやっ。」
ちょっとふくれっつらで森谷を見上げる。
「あ、ごめんごめん。ちっこいからおせーもんな。」
ぷくっとふくれ、ピンクに染まるハルの頬に森谷の手が触れた。
その瞬間、ぴくんとハルの体が揺れ、目が潤んだ。
森谷の頬も少し赤らんだのがハルにも感じ取れた。
近くにいた子供が森谷にぶつかり、ぱっと手が離れた。
それに合わせてハルもジンベイザメの方を向いた。
少し沈黙が続いたあと、森谷が唐突に口を開いた。
「旦那ってどんなやつ?」
「えっとね…、とても優しい人だよ。もったいないくらい。」
「そうなんだ。」
「高校のときに私から告白して、プロポーズも私から」
(いいのかよ、旦那サン。離しちまって…)
「いつも私の言うことに反対しないんだ。ハルが望むならいいよって。呼べばいつでも来てくれるし、これが欲しいと言えばなんでも買ってくれる。。もったいない人だよ。。」
ハルは下を向いて涙ぐんでいた。
「良い男じゃん」
森谷はハルの頭をなでた。
水族館を出たあと、森谷は会社の先輩に呼ばれて行ってしまった。
「今度はメシな」
そう言って森谷はハルとは反対の駅のホームに歩いて行った。
─今日の高城かわいかった。またな。
帰りの電車の中、森谷からきたメール。
ハルは自分の中で芽生え始めた感情に戸惑っていた。