開戦の前日
次の日、琴子達、フィンセの王国騎士団と冒険者の混合軍は北の魔王の城に進軍していた。
混合軍の数は約三千。
所々に配置された魔導師が、移動速度向上の魔法を絶えずかけているため、人間では考えられないようなスピードでの進軍だった。
ガチャガチャと鎧の擦れる音、舞う砂埃、まだ戦闘は始まっていないが、既に緊張感はかなり高まっていた。
そんな中琴子は、回りをムガイとガイムに囲まれ馬に揺られていた。ちなみに琴子は馬術の心得は無いので、一緒に乗っているベルゼブブが琴子の後ろで馬を操作している。
「中々急いでるなぁ、おい。どうよムガイ?この規模でベルカッチャに勝てると思うか?」
ガイムがただ歩いているだけで暇をもて余したのか、ムガイに質問する。
「……まぁ、六割辺りと言った所じゃ無いでしょうか。王国だけだと勝目は薄いですが、我々も居ることですし……」
「はっはぁ!!違うぜムガイ!俺らが居るから十割勝利だ!」
「……あなたのそのどこから来るか分からない自信と言うのは、時には見習わなくてはいけないのかもしれませんね」
琴子は馬に揺られながら、そんな二人の言い合いを聞いていた。普段と変わらない二人を見て、少しリラックス出来たかも知れない。
「……琴子様、緊張しなくても大丈夫です。勇者も琴子様には常に安全な場所に居てもらうと言っていましたし……。それに、後ろには私がおります」
「あ、ありがとう、ベルゼブブ。大丈夫、ムガイ達のやり取りを見て、少しリラックスできた!」
「そうですか、よかった」
ベルゼブブは少しホッとしたようだった。彼女なりに幼い琴子に気を使っていたのかも知れない。
「う……うん……?」
クルスが目を覚ますと、部屋の襖が空いていた。
「っつ……寝てたのか……」
クルスはぐしゃぐしゃと頭をかきながら、段々と目覚めていく。
「……そうだ!なんか戦いが始まるらしいな……」
寝てしまう前にはこの部屋に居たベルカッチャがいない。おそらく戦いの準備をするため、部屋から出たのだろう。
(つーかこれ……不味くないか?)
クルスは思った。
(恐らくベルカッチャが「勇者」と言っていたから攻め来んでくるのはフィンセ何だろう……。多分、ベルカッチャ達魔物がいくら強くても、フィンセは何か勝算があるから攻めて来たんだ……。ここでベルカッチャ達が負けたら、俺の目的も達成出来ない!)
「くそ……。それなら、今からでも実験を始めて、戦いが始まるまでに魔法を完成させてやる!」
クルスはそう言って立ち上がると、実験の材料を入手するべく、部屋から出ていった。
琴子達の行軍は、通常人の足で四日は懸かるであろう道のりを、移動速度向上の魔法で二日間で踏破進んでいた。
そして琴子達はようやく、戦場にたどり着いた。
背の高い木は一つもない荒野。
時折突風で砂が舞い上がり、ズザザザ!と音を立てる。
そしてそこに一つ、明らかに場違いな建造物。
大量の大きな石で作られた土台に、白い壁、黒い瓦で作られた屋根、一番上には、常に天に尾を向けた金色の体は魚、頭が虎、背中には大量の鋭いとげを持った、想像上の生き物「しゃちほこ」が乗っている。
「あのお城……」
(何だ?見覚えがあるのか?)
「うん……、私の国にあった物によく似てるよ」
(……へぇ、そりゃ不思議だな。……俺はそんな城より、それを囲んでいる大量の魔物の方が気になるが)
「それは……まぁ、私もだけど………」
琴子はチラリとそちらを見た。大量の魔物がひしめき合っている所を。
大量の魔物達は、目は見開き、だらしなく開いた口からはボタボタと多量のよだれが絶えず地面に滴り落ちている。
(あそこに居る魔物のほとんどが何かの魔法で強制的に興奮状態になってやがる……。ああなった奴等は体四肢が無くなっても動き続けると聞くからな。相当ヤバイぞ)
「………」
(まぁ、なんだかんだでこっちの軍も化け物揃いだ。魔王城の幹部クラスはほとんど来てるし、大幹部もエントラとか以外は連れてきた。何とか成るだろ)
「そ……そうかな……」
琴子はそうラーヴァから聞いた後も、何となく不安を拭い切れずにいた。
興奮状態にされた魔物を見ても、明らかにこれは普通の戦いではない。
「戦闘凶」と呼ばれた北の魔王との、確実に「普通」では終わらない戦いが、始まろうとしていた。
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