北の魔王、ベルカッチャ
午前三時。
クルスは、狭い木造の階段を歩いていた。
ネイビスの協力で、何とか学園を抜け出したクルスは、現在北の魔王の城にいた。
(しかし……北の魔王の城……、見たことの無い作りだ。見る限り木造の様に見えるが……)
クルスはネイビスと共に城に到着した時の事を思い出していた。
広大な荒野の中にポツンと一つだけある城の周りには、グルッと城を囲むようにして川が流れていた。
そしてその城はと言うと、巨大な石を重ねて作られた土台の様な物の上に、白く反りたつ壁が作られ、その上にドンドンドン、と重ねるようにして、現在クルスの居る階層が置かれていた。
もしこの城を琴子が見たなら、いわゆる「城郭建築」と言う物だとわかっただろうが、クルスにはわからない。
クルスは現在、北の魔王の部下に案内され、北の魔王に会うために、階段を上っている。
「ついたぞ、ここだ」
クルスを先導していた、赤い肌をした筋肉の塊の様な鬼が足を止め、言った。
そこは城の一番上、言うなれば「天守閣」だ。
クルスの前には金で作られた、光輝く奇妙な紋様が彫られた襖が閉じている。
隣に立っている鬼が何も言わないと言うことは、開けても良いと言うことだろうか……。
クルスは恐る恐る、ゆっくりと襖を開けた。
「し、失礼しますー……」
襖の中をそっと覗くと、暗く、何も見えなかった。
「っ……?こほっ!」
そして少し埃っぽい。鼻に埃が少し入ってむせた。
「おいおい!気を付けろ!この部屋は案外埃っぽい!気を付けろ!」
その様子を見てか、中から高い女性の声が聞こえた。
いや、女性と言うよりは最も幼い、クルスの聞いた中では琴子の声に近い物。
そして、クルスの目がだんだんと、暗い室内に慣れ始める。
「……あなたが……北の魔王ですか?」
「おいおい!何で「?」が付く!?そうだ!私がれっきとした北の魔王!「ベルカッチャ」だ!」
そこにあったのは、案外狭い室内に、無理やり詰められたような大量の本。
そしてその本の僅かにできたスペースに座り、こちらを見ている小さな赤髪の「女の子」だった。
(こんな小さな子が……俺達の村を滅ぼしたのか?)
北の魔王の容姿を見てクルスがまず初めにそう思った。
クルスは案外、北の魔王に出会った時、自分の中に少なからずある殺意と言うか、熱いドロドロしたものが暴発して、その勢いで北の魔王を殺そうとしてしまうのでは無いかと、少し心配していたのだが、そんな考えは全く空回りしてしまったと言うか、北の魔王の姿を見たとたん、熱い物もブスブスと鎮火されてしまった。
「お……おいおい、何をぽかんとしておるか」
少しボサッとした赤髪の少女……ベルカッチャは、怪訝そうにクルスの顔を除き混む。
「あ……いや、何でもない。それで……何で俺をここに呼んだんだ?」
「いや何でって……。お主はここに来たばかりだろう。少しは話をしたいと思うのが普通では無いのか?」
「……俺をこの城に来ないかと誘いをかけて来たのは、あなた達ですよね?てっきりゾンビを生成する魔法目当てだと思っていたんですが……。話相手が欲しかった訳では、ないですよね?」
「もちろん。主のゾンビの魔法が目的だ。だから私が君に声をかけた。あそこの学園じゃ研究の最終段階がクリア出来ないとも聞いていたのでな」
「……つまり……」
「ああ、ここなら死体なんざ吐いて捨てるほどある。魔物から亜人、人間まで。この世界に住んでいる生物の死体は一通り用意できるだろうよ」
そして少し誇らしげに胸を張るベルカッチャ。
「そしてその魔法が完成すれば、戦力の心配も無くなるしな。私が戦闘凶と言うのはお主も知っているだろう?」
「……ええ」
クルスは勿論知っている。なにせ、面白半分で自分の住んでいた村を壊滅させられたのだから。
「もちろん、実験に必要な道具も恐らくこの城の中に揃ってはいるだろう。自由に使ってくれ。あと、お主の部屋なのだが…残念ながら空いている部屋がなくてなぁ。すまんがここに泊まってくれ」
ベルカッチャはそう言うと、ポンポンと床を叩いた。
「わ、わかりました……」
クルスは暗いし本が大量に平積みされているし、少し埃っぽいしで、あまりこの部屋にはしたく無かったが、ここで下手に反論すると何をされるかわからない。そんな思いはぐっと堪えよう。
「……これで一通り言うべき事は言ったか……。そうだお主、この城をどう思う?」
唐突に、ベルカッチャがクルスに尋ねた。
(……?どういう事だ?外観の話か、それとも機能的な話か……?)
クルスは考えてもわからなかったので、
「まぁ、見たことのない設計で、カッコいいですよ」
適当に、そう言った。
「お……おおお……!!」
「!?」
ベルカッチャの目が、今日イチの輝きを見せた。
「ふふふ……そうだろう、そうだろう!!見たことが無いだろう!この作り!なんとこれはな!先代の魔王が異界から来た強者に教えてもらった城らしくてな……!!」
「……」
クルスは本能的に察した。ヤバい……と。
これ、止まんないやつだ。朝まで続くやつだ。と。
実際、ベルカッチャの城自慢は朝まで続いた……。
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