ニラニウス学園-15
ニラニウス学園、クルスの研究室。
現在深夜一時、研究室に付けられた窓から、月の明かりが静かに室内を照らしている。
机の上には、持ち運びしやすいように小さな紙にまとめられた、クルスの研究成果が置かれている。
(すまんな、ミギワ。ここを出たら行くとこが無いなんて嘘ついちまった。本当はちゃんとあるんだよ……)
クルスは部屋の中を忙しなく歩き回りながら、この室内で起こった事を思い出していた。
(琴子には……まぁ、何も言わなくて良かったな。あんなちっちゃい子にこんなこと言わなくて良いし…)
「おやおや、落ち着きが無いですねぇ……。」
「!、やっと来たか……」
部屋に人影が現れた。窓が開いている、どうやらそこから入ってきたらしい。
人影を月の明かりが照らす。
見えたのは、黒い長髪の男。糸の様に細い目と、常にニヤニヤと、人を小バカにする様な笑みを浮かべている。
服装は真っ白いベストだ。ズボンや、ベストの下に来ている下着も白い為、全身が必要以上に月の明かりを反射し、ちょっと眩しい。
「それじゃ、さっさと連れていってくれよ。「ネイビス」」
そしてそのやたらと眩しい男が、北の魔王の幹部、ネイビスだったのだ。
「了解いたしやしたぁ~、じゃ、早速行こうか。すぐそこに「ビートウィング」を待たせてある。……本来こんな高い所で活動する魔物じゃないから、結構弱っちゃってるから。急げ急げー」
「え?そこの窓の外に待たせてあるの?いやまぁそこから君は入ってきたんだろうけど……。二十八階だぜ?足滑らせたらシャレじゃすまないぜ?」
「……普通ここでそれは無いよね!?いや行くよね!?何なら俺がおんぶしてやろうか!?」
「……それは何かやだから頑張るわ」
「ああ……そう」
ネイビスは少し残念そうにしながら、窓の外に飛び出す為に、窓枠に手を掛けた瞬間、
「っと……おいおいクルス君…君ぃ、誰にも言ってないよね?この事……。」
「あ、ああ」
「じゃあ何で……こんな奴が居るのかね……?」
「いや何を言って……!?」
クルスはそう言って窓の方を見、そして信じられない物を目にした。
窓の枠に、月の光のせいで発生した影から、クルスと同じ位の年に見える黒い服を着た男性の上半身が生え、その男性の右腕から伸びた黒い刃の様な物が、ネイビスの首に向けられていた。
「やぉ…時間通りじゃねぇか。……ネイビスさんよぉ」
「!?」
そしてネイビスと男性が見合っている窓から逆方向、研究室の入り口の方から、低い声が聞こえた。
クルスが振り替えると、そこには黒いマントを羽織り、鬼のような角が額の部分に一つ生えた、顔をすっぽりと覆うお面を付けた小柄で長髪の男が立っていた。
(一体……何が起こっているんだ!?)
クルスの頭の中は、いきなり起こったとんでもない状況にパンクしそうだった。
(……俺の顔(琴子の顔)はもうクルスに見せちまってる……。迂闊に見せる訳にはいかない…!)
そんな思いと共に、ラーヴァは急遽お面をリクエイトで作ったのだった。
(声は低い俺の声だから、流石に琴子だとは気付かないだろうが……頼むぞ!)
「さぁて……何でこんな所に君がいるんだい?ムガイくん?」
「……偶々だ」
「またまたぁ、ムガイくんは嘘が下手なんだからぁ。おおよそ、白竜の死体の中から何とか見つけた魔力反応を頼りにここまで来たって感じかなぁ?」
「……」
「図星って顔してるよぉー」
ネイビスはそう言っているが、ムガイの顔はピクリとも動いてはいない。はったりか、それとも彼にしか分からない何かがあるのか……。
「でぇ……?そっちのお方はぁ?……おっと、その魔力……」
ネイビスの薄ら笑いを浮かべていた顔が一瞬引き締まる。
ラーヴァから発せられた魔力を見て、魔王だと気付いたのだろう。
「ですが私の知っている姿とは随分違いますねぇ……?勇者に挑んだと聞きましたが、その時何かあったのでしょうかぁ?」
「…そんな事はどうでも良いから!速くここから離脱しねーと!」
ゆったりと自分の疑問を口に出し続けるネイビスに、額に汗を浮かべたクルスが叫んだ。クルスも魔力は見れないが、この二人の力量をなんとなく察したのだろう。
「そういわれましてもねぇ……。私、今ムガイくんに命を握られている状態ですので……」
ネイビスは自分の首に突き出された漆黒の刃を見ながら、ゆったりと続ける。
「まぁ、この状況を何とかしないといけないのは事実ですしねぇ。二回も任務を失敗するとなると、私の信用にも関わりますので」
何だかんだ自分の事しか考えていないようなネイビスはそう言うと、
「それではすいませんが、逃げさせてもらいますよ」
「っ!?させるか!」
ネイビスの右手が赤く光る。それを見たムガイが刃を突き出し止めようとする。
「ふふ……それでは行きますよ、クルスさん」
「!?」
ムガイが突き出した刃はネイビスには当たらず、空しくも空を切った。
そしてそのネイビスは、一瞬でクルスの後ろに移動し、ポン、とクルスの肩に手を置いていた。
「逃がすかぁ!「火球」!!」
ラーヴァが五つの火の玉を生成、ネイビスに向けて発射する。
が、
「遅いねぇ」
「!?」
次の瞬間、ネイビスとクルスは窓枠の上に立ってラーヴァ達を見下ろしていた。
ドガガ!!と床にぶつかった火の玉が弾け、赤く燃えていた火は完全に消えてしまった。
「それでは、また会いましょう。ラーヴァさん」
「……」
「ムガイ!!止めろ!!」
「はっ!」
だが、やはりと言うべきか、ムガイの攻撃は当たらなかった。
そして窓の外を見ると、巨大な赤い魚…「鯛」に羽が付いたような魔物が飛び去って行くのが見えた。
「くそ……逃がしたか。ムガイ、俺は今からスズトにこの事を伝えに行く。深夜だろうと関係あるか、たたき起こしてやる。お前は取り敢えず明日の朝まで自分の部屋で待機していてくれ。……ギョウゴを放っておくわけにはいくまい」
そういや何でギョウゴ連れて来たんだ…?と、一瞬ラーヴァは考えたが、すぐにやめた。今はそんな事を考えている場合ではない。
「了解しました。部屋の片付けは私がやっておきます。」
「ああ、ありがとう。……そんじゃ、行ってくるか」
そう言ってラーヴァも、窓から外へと飛び出した。
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