魔王の目覚め
月が空高く上り、誰もが寝静まった、深夜一時。
パチッと琴子は目を覚ました。
「……」
琴子はガバッ!とベッドから上半身を起こす。
ぎゅ、ぎゅ、と手を握り、クルクルと腕を回す。
「これは……」
その声は、琴子の声ではなかった。
低く、聞いたものを自然に威圧するような、男の声。
その声は、少し戸惑っているようだったが、数秒後には、
「成る程……勇者の野郎、封印の技術に関してはまだまだだった、ってことか」
なにか納得したように頷いた。
「琴子の野郎が寝た事と……夜になって少し俺の魔力が増幅したことで、封印が……恐らく一時的にだが、解けたのか。」
そして、しばらく何か考えたような素振りを見せ、
「ベルゼブブ」
低い声で、自分の配下の名前呼んだ。
「はっ!何事でしょうか、琴子さ……」
ブゥンと虫の羽音のような音と共に、即座に現れたベルゼブブの言葉が、驚きで止まる。
「……琴子様ではなく……、本来の魔王様、ラーヴァ様ですか………?」
確信が持てないまま探るように、ゆっくりとベルゼブブが言った。
「ああ、そうだ。体は元に戻らんかったが、この体の支配件は取り戻した……。」
そう言いながら、魔王は右手の人差し指を立て、
「ファイア」
と、呟いた。
すると、次の瞬間、魔王の人差し指指にポウッ、と小さな蝋燭の先に灯る程度の明るさの炎が現れた。
「ふむ……やや威力は落ちるが、問題なく魔法は使えるようだな。」
それを確認すると、魔王はその炎を握り潰すようにして、炎を消した。
「流石魔王様……。勇者の封印をこんな短時間で」
その様子を見て、ベルゼブブが感嘆の声を上げた。
「別に俺の力じゃない。たまたま運が良かっただけだ……。」
「ご謙遜を……。そういえば魔王様、白竜の討伐には、付いて来られますか?」
「ああ、俺も行く。……琴子の奴にも、この世界がどういう所かは、出来るだけ見せておきたい。」
「承知しました……。ところで魔王様、琴子様は魔法を使うことが出来るのでしょうか……?」
ベルゼブブが思い出したように言った。恐らく白竜との戦闘に付いていくとなれば、自分を守る手段があった方が良いだろう。そのためにも、もし琴子が魔法を使えないとしたら……。ベルゼブブなりに、琴子の事を心配したのかも知れない。
「使わせた事がないから分からんが……、恐らく今は使えんだろうなぁ。……使い方がわからんのかもしれん」
「それでは…」
「とりあえず明日、少し魔法を琴子に教えてみる。それでどうなるかだな」
「了解しました。……それでは、私は白竜討伐の準備に戻ります。」
「ああ、急に呼んで悪かったな」
「いえ、全く」
そう言うとベルゼブブは、部屋から消え去った。
それを確認して魔王は、
「さってと……、どうしますかねぇ……。この体だから、町に出ても見回りの奴等に捕まって強制送還が落ちだしな……。」
ううむ…。と少し考えて、魔王は
「寝るか」
寝た。
朝。
琴子は起きると部屋に運び込まれていた朝食を食べ(ちなみに洋風だった)、さすがに二日目もこんな布服は無いな、と自分の体を改めて鏡で見て思い、部屋の隅に置いてあったクローゼットの中を確かめて見たのだが……。
「やっぱり……全部男物」
中に入っていたのは、黒を基調とした大量のマントと、その下に着るための服だった。
全て琴子の体のサイズには合わない、大きすぎる物だ。
(ん……これはちょうど良いか……!)
クローゼットの中を見てため息をついた琴子を見て、ラーヴァは1つ、考えを思い付いた。
(なぁ、琴子……お前に一つ、魔法を教えてやる)
「魔法…?」
琴子はその言葉を聞いて、少し戸惑ったような表情を浮かべた。
琴子にとって、魔法とは映画や漫画、アニメの中の話なのだ。存在は知っているが、実際使える物ではない。
「魔法って……あの、何もない所から火を出したり、水を出したりする?」
(そうだ、氷を作ったりもできるやつだ)
「……」
地球で言われたら、さすがに小学生の琴子でも、そんな話を真に受けなかっただろう。
だがここは地球ではない。琴子もスズナの常人離れした運動能力や、何も無い所から現れ消えるベルゼブブを見ている。そんな経験が、琴子に魔法の存在を否定させることが出来なかった。
「……わかった。やってみる」
(オーケー、その意気だ。じゃあ、まずお前に教える魔法は物質を創造する魔法、「リクエイト」って言う魔法だ。」
「リク……エイト」
(そうだ。この魔法を使うには、まずある程度、作り出したい物のイメージを頭の中で固める必要がある……。そうだな、とりあえずその服をさわって、頭の中でその服のイメージを固めろ。)
ラーヴァがクローゼットの中に入った服を指差して言った。
こうして、ラーヴァによる、魔法教室が始まったのだった。
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