研修の始まり:後編
「すみません! 遅くなりました!」
ミーティングルームに戻った時には相田と陣野が揃って入って来た。
「ああ、連絡は受けているから大丈夫だ。大変だったな」
「相田です、宜しくお願いします」
「陣野です、宜しくお願いします」
大和撫子系の和風美少女の相田とボーイッシュな雰囲気の陣野。
「相田はCランクの中衛、術と脇差を使うそうだな。術はどの程度使える?」
「中級までは問題なく行使できます。結界と攻撃系は上級まで使えますが、身体強化や連絡系統などの特殊系統は使えません」
「分かった。
陣野はCランク前衛で大太刀を使うそうだな。術式は使えるか?」
「身体強化だけは使えます! それ以外は全然です」
胸を張って言う陣野に立花が苦い顔をした。何でも高水準で使える立花は特化型が上手く配置すれば戦力強化になると知ってはいるが使いにくいと思ったのだ。
「そうか、陣野は特化型か。
よし、全員座ってくれ」
着席を確認して
「この研修を受けたということは協会警察に就職を希望していると言う事だろう。
みんなの希望部署を聞いておこうと思う。
立花から」
田島が確認を始めた。
「刑事部を希望します。特に月影会の捜査を担当する部署を」
「ああ、村雨班か」
「そこは村雨班と言うのか」
田島の呟きに立花が確認し
「月影会って?」
「知らない、何だろう?」
陣野は相田に聞くが相田も知らない。
「月影会は後で説明する。
次、佐伯」
「はい、私は初動班を希望します。理由は自分の中で特技は感知能力だと思うからです」
初動班は事件があった時に霊力者が関わっていないか最初に現場に行って確認する班である。
初動班が見て霊力者が関わっていないと判断すれば一般警察に、関わっていると判断すれば協会警察に捜査が委ねられることになる重要な部署だ。
「そうか。特技を生かして考えられるのは良いことだぞ」
「はい」
「次、清水……は札師を続けてほしいが一応聞いておこう」
「理由は知りませんが、研修を受けてくるようにと掲示板に張り出されていました。今の所、協会警察ではなく一般のハンターになろうかと思っています」
「貼り出し?」
「何で?」
佐伯と陣野が同じ角度で首を傾げた。
「ああ、現場の苦労を知ってもらって札を沢山卸してもらいたいっていう企画だな。札師は研究に夢中になって隠者みたいになる奴も多いらしいからな」
田島も企画内容は知っていたらしい。現場担当官で企画の実行者なのだから当然か。多分今回の教官の中で最も評判がいいのだろう。
「次、相田」
「私と陣野さんはこのまましばらくハンターを続けたいと思います。
協会警察には怪我や加齢でハンターが続けられなくなった時に予定しています。うちの学校の先生が先に研修をしておくといいと言われたので後方支援を重点的に見たいと思います」
「うん、リスクを回避、大事だから」
2人は一緒らしい。
「そうだな、ハンターである以上怪我は付き物だ。ハンターとしての成長も必要だが、ある程度その後の生活も視野に入れておくと別の発見もあるだろう」
田島は頷きながらメモを取る。
「さて、さっき月影会が出てきたが説明をしよう。
反政府・反協会の過激派組織だ。
政府の会議を襲撃したり、協会幹部を拉致したり、過去には高等議会を襲撃して占拠したこともあった」
「ええっつ! 高等議会を占拠とか大丈夫だったんですか?!」
「何を要求したんですか?」
佐伯は悲鳴のようなものを上げ、立花は冷静に要求が何であったか尋ねた。
「ああ、あの事件で上級市民の霊力検査が導入された。
それまでは上級市民とその家族は霊力検査が免除だったんだが、あれで一気に上級市民にも庶民と同じ割合で霊力者がいるって広く知られるようになってな。
庶民しかいない霊力者の扱いは酷いもんだったが、子どもや孫が霊力者と判明した奴らが霊力者の人権を向上させようと頑張って今の状況にあるんだよ。
あの頃はモルモットか奴隷扱いで人権も何もあったもんじゃなかったし、ハンターを辞めないように人質まで制度として作ってあったからな。あれも上級市民が霊力者と判明して制度ごと廃止された」
田島は15年前のハンターに成り立てだった10代半ばの頃を思い出して遠い目をした。
上級市民の中には霊力者の子孫を隠蔽しようと頑張った者もいたが、隠していた子をダンジョンに投げ込まれて悲鳴を上げていた。
上級市民が求める治療札と強力な結界札の書ける札師以外は見下していたが、あの後自分たちの子や孫が先輩ハンターに遠巻きにされて身を守る術すら教えて貰えないとなると真っ青になっていた。ある程度上層部との和解ができるまでに上級市民出身のハンターはほとんど命を落とし、残った者も再起不能になっていた。
「そんな制度があったんですか?」
「え、要求ってそれだけですか?」
「上級市民からハンターを出させるのが目的だったんだよ。
お前らも高みの見物じゃなくって身を削って苦悩しろってことだろ。
元々被害者団体だったからな。霊力者だからと強制徴収されて子どもが帰ってこなかったとか、霊力の実験台にされたとか、無理やりハンターにされて怪我しても治療せずに放り出されたとか。
と言ってもテロ行為は褒められたもんじゃねぇし、犯罪行為をしてしまったら同情もできねぇけどな」
田島は渋い顔で説明する。
「全くです」
立花が深く同意する。
「よし、今日はここまでだ!
本格的なオリエンテーションと研修は来週から。
親睦を深めるのに今日は夕食でも一緒に食べに行ってこい!」
沈んだ空気を変えるように田島が豪快に笑う。皆見回しても異論はない様だ。
「じゃあ、ちょっとダンジョンに寄ってくれ。今日お金ない」
ダンジョンで霊珠を取って夕食代にしようと言うのだ。
「教官、清水さんのお金って戻って来るんですよね? 銀行に行けば良くないか?」
立花が確認し
「ああ、清水。午前中の内に回収できる分は回収して口座に入っているはずだから大丈夫だぞ」
田島が同意する。
「そうですか? ありがとうございます」
担当者名義の口座に入っていた分は取り返したが、使い込まれた分はまだ回収できていないらしい。
貴重な札師を失うまいと午前中の内に証拠を集めて送検し、午後には担当の口座差し押さえと回収を済ませて忍の口座に移したそうだ。とはいえ、回収できたのは9年分の1/10にも満たない額で担当とその家族には更なる追及があるだろう、とのことだ。
「どこで食べる?」
「俺、いいところ知ってる」
Bランクともなれば収入もあっていい所のレストランを知っているのだろう。立花が予約を入れ、一行はデパートに向かった。
ざわざわ
まだ夕食には早い時間ではあるが売り場には週末仕事を終えた多くの人がいた。
「高いけどデザインはいいよね」
「動きにくそう……でも、かっこいい」
相田の憧れるような声に陣野が応じる。
このデパートは1・2級市民を主なターゲットにしているため、ほとんど来ないのだ。外商や特別室での買い物をするものも多いが、並んでいるのを見るのも好きと言う上の趣味で豊富なものが置かれている。郊外では物資不足の場所も多いというのに。
「10階のレストランで食べたらその後は自由に見ると良い。色々あるから見るだけでも楽しめるだろ」
立花に先導されて一同はレストランへ。今の物資と技術力では高層ビルと言っても10階が限度、高ければ高いほど空から魔物に襲われやすくなるため危険因子を排除することが不可欠だ。
『ジリリリリリ!!!
ご来店の客様にお知らせします。西側4階催事場で火災が発生しました。
係員の案内に従って落ち着いて避難してください。
繰り返します。
火災が発生しました、係員の案内に従って落ち着いて避難してください』
「え? 火事?」
「火事だよ」
「みなさん! 落ち着いてください。東側外階段より避難します! 防火扉でこちらまで炎が回って来るまではまだ余裕があります、慌てず歩いて避難してください!」
まだ早い時間帯、客はまばらで店員の指示通りに歩いて誘導に従う。
「火が…………燃えていない……?」
ふと立花が口にした。
「おい、火元はどこだ!」
立花が誘導していた店員に詰め寄る。
「お、お客様! いけません!」
「火元はどこだ! 教えろ!」
威圧した立花に気圧されて店員が
「に、に、西側4階の催事場でございます。あ! お、お待ちください! お客様!!!」
教えた途端、立花は店員に一瞬掴まれた腕を振り切って火元の方へと走り去った。
「立花君!!」
「佐伯さん! だめっ!」
心配して追いかけようとした佐伯の腕を陣野と相田が掴む。
「今は避難しましょう」
「係員に、従う。困らせたら、ダメ」
交互に言われて相田は落ち着きを取り戻し、皆揃って係員の誘導に応じ外階段から地上へ降りた。
ド、ドド…………ン!!
大きな爆発音とともにガラスが割れ、少しすると真っ黒な煙が西側フロアから立ち上った。
「何?」
「何か引火したの?」
ドーン!
ドーン!
ドーン!
いくつか引火したのか他の爆発音が地鳴りのように響く。
モクモクと立ち昇る煙を見ながら係員に誘導されるままに歩いて行く。
「そういえば、立花君の連絡先聞いた?」
「え、まだ。大丈夫じゃない? 防火シャッターは閉まっていたと思うし、店員さんに誘導して貰えば出られるでしょ?」
佐伯と相田の話が聞こえる。
「教官に一応連絡してみて、連絡先聞けないってことになったら少し待ってみよう」
「そうだね」
結局、田島教官に連絡して
『立花は俺が探しておくから、お前らは早く帰れ』
と言われてしまった。
仕方なくこの日は解散と言うことになった。