研修の始まり:前編
研修当日-
協会警察は関係者以外立ち入り禁止なため、受付で学生証を提示して案内してもらった。
研修を言い渡されてからすぐで情報を集める期間がなかったため案内してくれた人に話を聞き、毎年志望者を3~5人の7組に分けて研修している。初動班・刑事班・オペレーター情報班で順に見て回り希望によって犯人を取り押さえる強硬班も見ることができるらしい。
「本日より君たちの研修を担当する指導員の田島だ。よろしく」
田島と名乗ったがっしりとした人の良さそうな男性がにっかりと笑った。
「ハンター中衛コースの立花です。お願いします」
「ハンター後衛コースより佐伯です。よろしくお願いします」
「ハンター後衛コース清水です。よろしくお願いします」
立花は正統派美青年、といったところか。佐伯はばっちり化粧した美少女でちょっと危険な雰囲気を纏っている。清水忍は物静かな男装の麗人に見えるがれきっとした<男>である。
「今日は来ていないが後2人、相田と陣野は魔物に道を切断されて遅れている。車が使えないから2時間後あたりに合流する予定だ。
では、確認するぞ。
立花と佐伯は本科7年の16歳、清水は専攻科3年の20歳か。
立花はBランクの中衛、日本刀と札を使うそうだな」
「はい」
「札は買っているのか? それとも自分で描けるのか?」
「主に刀で戦うことが多いので減りませんが買っていますね。父に教わって結界の基礎札程度は描けますが」
「術式の方はどうだ?」
「中級程度であれば問題なく行使できます」
「そうか」
次に佐伯に目を移し
「佐伯は……ああ、こいつは男だ。女装して男に貢がせているから修正してくれって頼まれている」
「ええっ!」
「え?」
立花と忍はびっくりした。見事に美少女にしか見えない。
「Dランクの後衛、術式が得意とのことだが」
「はい、中級まではどの系統も問題なく行使できます。上級も結界系統であれば使えます」
「札は使わないのか?」
「はい。札はなくなったらと思うと使えないので、基本的には持っていません」
「そうか。協会警察でも捕り物の時には札を持っていく。使いどころを間違わないように判断できる訓練をしてみろ。他の場面でも役に立つだろう」
「はい」
そして清水に顔を向ける。
「清水は札師だったな、……専攻科3年だが後衛コースで何か研究でもしているのか? 戦闘は無理か」
「……どの程度かはわかりませんが、ダンジョン程度であれば1人で問題なく」
「「「!」」」
札師はほぼ戦闘に出ない。時々札の効力が見たいとダンジョン内へ行くこともあるが、その際は雇ったハンターに護衛してもらうことが主だ。
「おい、ダンジョンって何階まで行ったんだ?」
「5階までは行っていますが? 一応ハンターランクもCを貰っています。身分証、確認しますか?」
「ああ、ちょっと貸してくれ」
身分証にはハンターランクCと札師ランクBが並んでいる。
「ダンジョンには一人で行ったのか? このランクなら大丈夫だろうが護衛とか連れずに?」
「? はい、護衛は高いですよね? 俺苦学生なんで」
「札を売ってそれなりに金額もらえるだろう?」
「いえ? 札って結構安いんですよ? 紙代、墨代、その他に使うと子どもの小遣い程度しか残らないので、基本ダンジョンの霊珠で生活費を稼いでいます。割に合わないんで、札師からハンターに転向しようと今後衛コースで勉強しています」
ひくっ、と顔を引きつらせて
「ちょ、ちょっとここで待っていてくれ」
田島はダッシュでどこかへ走り去った。
いきなり置き去りにされて唖然と3人で見送った。
「清水? Bランクの札で稼げないっておかしいだろ?」
眉をひそめた立花が清水に低い声で言う。
「どこが?」
「回復札とかこう、ドーンとお金入ってくるだろ?」
「そうよね? 確か友達が家一軒より高かったって言ってたわ?」
「ん? それ騙されてない? 大量の中間マージンとか取られてない? まあ、1週間分の食費にはなったかな?」
立花の言葉に佐伯も同意して追加するが、清水の言葉に違和感を覚える。
「そのぐらいじゃないだろ」
「札師に入るのは、そのくらいの金額だぞ?」
そして待つこと30分、その間忍はランク詐称を疑われていた。
ドドドドドドドド……
「清水―!!」
田島の怒鳴り声が近づいてきた。
「清水―!!」
「はい」
田島が全力で走って帰ってきた。
「何でしょう?」
「お前な、落ち着いて聞けよ?」
明らかに田島の方が落ち着いていない。
「落ち着いています」
「お前、横領されてた」
「は?」
息が切れていたがはっきりと言った。が、忍の頭には伝達されなかった。
「だからな、お前の札を書いた代金が、担当に横領されてた! つまり!! お前の報酬、異常に少なかったってことだ!」
「「横領!!」」
立花と佐伯が叫ぶ。
「はぁ……? って、もっとお金入っていたってことですか? 本来なら」
「そうだ、最近札師で横領されて協会辞めたやつがいて、もしかしてと思ったら! すぐ調べて貰ってお前の報酬9割以上取られてた……」
そこで言うと田島はガックリと崩れ落ちた。
「9割以上?」
「9割以上って…………」
「今札師全員の報酬に不正がなかったか調べて貰っている。……高ランクの札師が苦学生なんておかしいと思ったら……」
立花と佐伯の呆然とした声に田島が頭を抱えて呟く。
ガシッ
「清水、ちゃんと帰ってくるからな。
横領された分はちゃんと取り戻して支払ってもらうからな!!
札師は本来なら稼げる仕事なんだ!!
ハンターに転向しなくてもちゃんと食べていけるぞ!!」
忍の両肩を握りしめて田島が言う。妙に目が血走っている。
それもそのはず、数少ない優秀な札師が抜けようとしていることを聞いて、絶対札師に引き留めておくようにと命じられているのだ。田島としても既に札師が足りずに業務に支障が出始めているため、これ以上減ってもらっては困る。
「札の値段の相場はあちこちに張り出しておく。
相場より大分安い場合は断っていいから。それが普通だから!」
「清水君、ランク詐欺と疑って悪かったわ。
ごめんなさい。
……どうして横領ってわかったんですか?」
佐伯が忍に丁寧に頭を下げる。忍が頷いたのを確認してから田島に詳細を尋ねた。
「振込先の名義を見て貰った。
一応清水の名前の口座であったが、そのまま担当の名義と清水の名義の別口座に振り込まれるようになっていた。清水が自分で持っていたのは2度目に振り込まれる方の口座だけで、最初に振り込まれる方は担当が勝手に使っていた。
この間の横領の手口も同じだったからもしかしてと調べて貰った。
他にも同じ手口の担当がいないか調べてもらっている。
札を卸すようになって9年分、きっちり返却してもらうからちゃんと生活できるぞ、な?」
「はい」
念を押す田島に忍は大人しく返事をする。微妙な空気になっていたが
「よし、じゃあ館内を案内するぞ」
と田島は切り替えて動き出した。