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第9話(同意)

 

 バルデスは眉間に皺をよせて唸った。ネセインも似たような表情であり、二人ともアレグイルへ不満な表情を見せていた。


「わけがわからんのだが、アレグイル?」

「今の彼女が十四で昨晩が十六とはどういう意味だろう?」


 二人は戸惑いをアレグイルにぶつけた。

 彼は軽く頷き、説明をはじめた。


「モリーネ・ザイ・ツィウクは、タラント国ツィウクの娘でおそらく十四歳くらいだろう。だが、昨晩現れた彼女は、もうすぐ十六歳になると言っていた。つまり、未来の彼女なんだ。場所だけではなく、彼女とは時間もずれているらしい」


 二人は何かを言いたげだったが、アレグイルが先を語るのを待って口を閉ざしている。

 二人ともまずは彼の話を全てを聞こうとしており、アレグイルは先を続けた。


「昨晩あらわれた彼女は、前回とさほど変わりなかった。逆に私の様子が大きく変わっていることに驚いていた。五年前の出来事が彼女にとっては二十五日前のことであり、私が変わり過ぎていたらしい」

「五年が、二十五日?」


 ネセインが呟いた。

 茫然とした様子で思わず口にしてしまったという風で。あまり動揺を表に出さない彼にしては珍しい事だ。

 反対に、はじめは驚いていたバルデスは、話が進むにつれ冷静になっていくようだった。

 ネセインの呟きで話が途切れた時、バルデスはアレグイルに質問した。


「娘の年齢なら五年でもさほど変わらないことはあり得る。夜なら特に判別もつきにくい。本当に前と同じ女だったのか? 大体、あの時の娘はモリーネ・ザイ・ツィウクではないという結論だったろう?」

「そう結論づけたのは、彼女の年齢が違いすぎたからだ。だが、時間が違うなら、その前提は覆る。それに、モリーは、私のことを知らない」

「知らないというのは?」

「彼女は、私のことをアレグイルと呼び捨てる。ハラディルフ王国の王太子の名前を知らないらしい」

 

 彼女は、アレグイルが教えた通りに呼ぶ。そこに戸惑いなど全くなく、敬称もない。いくら他国の者だとしても、相手が王族と知っていれば敬称をつけない貴族娘は少ないだろう。


「うーっ。そうか。自国の王太子の名は知っていても、他国の王太子の名は知らない可能性が、大いにある、か。……アレグイルと名乗ったのか?」

「ああ」

「しかし、どうにも、信じられないな。壁から時間と場所を越えて娘がやってきた? そんなことより、王太子に取り入ろうと考えた者の仕業と考えた方がよほど簡単だ」

「面白半分……にしては、王太子の寝室へ入り込む行為は自殺行為だ。しかし、一度見逃してもらえたので味をしめて……五年後に……ってのもおかしすぎる……どうして今……」


 バルデスは娘がやってきた理由に納得がいくものを見つけようと頭を捻っていた。

 ネセインはまだ壁からあらわれた娘が異なる時間を過ごしたということを理解できずにいる。理解したくないと抵抗しているといったほうが適切か。

 そんな二人をアレグイルは黙って待った。彼はすでに一晩考えた後である。自分の考えに結論を出していた。


「本当に時間を越えてやってきたのだとして。それこそ一体何のために? 殺されるかもしれないというのに」


 やっとネセインは自分の中で昇華することができたらしい。無理やりであったろうが、それでもお伽噺であり得ないと否定するのではなく、そういう事実だとすればと前向きにとらえることに成功したようだ。

 ネセインはアレグイルへ向き合った。


「王太子が事故で亡くなると告げに、だと思っている」


 それがアレグイルが辿りついた結論だった。

 部屋に沈黙が降りた。

 遠くから夕刻を前に忙しく動く人々の物音や鳥の鳴く声が聞こえ、窓の外の夕空を鳥が群れなして飛び去っていく。

 暮れていく部屋に色濃くなる影が暗い未来を呼び寄せているようでもあり、焦りにも似た感情が部屋を支配していた。

 バルデスもネセインもテーブルに目を落とし考えを巡らせているようだったが、その表情には苦悩が滲んでいた。

 

「私の事故死を回避させるために、何かが関与していると思わないか」


 アレグイルは言葉を続けた。一晩考えた末のことであり、後は彼の出した結論に彼等が同意するかどうかということにあるのだ。

 警戒するべきは彼女ではなく、むしろ、今後起こるかもしれない事故にある。などという話を、そうすんなりと受け入れられるとは思ってはいない。

 しかし、一人での対処では限界がある。アレグイルには協力者が必要だった。


「何か? 仔犬の王妃、が関わっているとでもいうのか? 馬鹿馬鹿しい話だ。が、壁から娘が現れるのも、そうだな……」

「今は何が関与しているかよりも……。事故死するという、その事故は具体的にはいつどこで起こるどんな惨事なんだ?」

「詳しくは聞いてない。平静を保っていたつもりだったんだが、話を聞いていた時は動揺していたらしい。それに、彼女も他国のことで詳しいことは知らないようだった」

「詳しくないとしても、何て言っていた? 漠然と事故というのでは……」

「狩りで事故死することと、そうだな。弟のオルレイゲンと好きあっていた女性を無理やり妃にしようとした悪い王太子だと言っていた」

「……」

「……それは……」

「オルレイゲンを好いた女を妃として王太子宮へ入れたつもりはないが、妃のうちの誰かは私の死後オルレイゲンと懇ろになるということなんだろう」


 数日前に三人の妃が王太子宮へ入ったばかりだった。

 まだ、顔合わせしたばかりでろくに話もしていないのだが。そのうちの誰かは、弟と。そう考えることは、楽しいことではなかった。

 アレグイルが機嫌を悪くしていると、バルデスが何かを言いたげにしていた。

 ネセインと顔を見合わせ、言うのを互いに押し付けようとしている。ということは、二人とも言いたいことは同じ事のようだ。


「……非常に、言いにくいことなんだが、アレグイル」


 バルデスは、口に出したものの先を言い渋っている。大概のことをはっきり物言う彼が渋るのは一体どんなことなのか。さっさと言えとばかりにアレグイルは目を細めた。


「その、何だ。妃達は三人ともオルレイゲン殿下のことを好いている」

「オルレイゲンのことを想いながら、私の妃になったというのか?」

「殿下は、国一の美男だからな。顔もいい、愛想もいい。加えて第二とはいえ王子だ。殿下は十九歳で年頃の娘達とは歳も近い。国中の貴族娘の憧れの的だ。殿下に笑顔で声をかけられればどの娘も簡単に落ちるだろうよ。しかも、妃になることは親が決めることだ。妃達が選んだことじゃない」


 だから、オルレイゲンに好意を抱きながらアレグイルの妃になった娘達を責められない、と言いたいらしい。

 しかし、アレグイルにとっては、衝撃的事実だった。

 貴族達の中から障害にならないよう比較的評判のよい娘を選んだ。いずれ王妃となる可能性があるため、本人を含めその実家や親類の素行などを調査して。

 事務的に選択したため、妃に対しては義務感しかなく、愛情どころか興味もまだない。しかし、そのうち何らかの感情は芽生えるものと漠然と考えていた。

 その根本には、妃となった娘達は自分に対して好意を持っているというのが前提にあってのことだ。自分を好きでもない女を振り向かせようとする手間をかけるつもりなど毛頭なく。

 自分へ好意を持っている娘達に、自分が答えるかどうかだと思っていたのであり、まさか最初から他の男を好いた女だとは考えもしなかったのだ。


「やっぱり、知らなかったのか……」


 その言葉に、アレグイルはむっと顔をしかめた。

 知っていたなら何故教えてくれなかったのだと思ったのだ。が、今更である。


「ネセインも、知っていたのか?」

「何を?」

「妃達がオルレイゲンを好いているという事を、だ」

「三人とも、殿下の前では頬を染めるから、まぁ……」


 ネセインの言う殿下がアレグイルでないことは間違いなかった。

 彼の前で、彼女達が頬を染めることはない。そして彼等の話す様子からは、他にもそう思っている人は大勢いると思われる。それに気付かずにいたとは。

 こうした事実を知ってしまっては、今後、妃達と会うのは気の滅入ることになりそうだった。

 アレグイルは自分が好かれる容姿をしていないと自覚している。だが、美しい妃達が可愛らしい笑顔でお慕いしておりましただのお会いできずさびしゅうございましたなどと慕わしげに寄り添ってこられれば、満更でもない気になるというもの。それが、大いなる勘違いだとは思いもせず。

 母違いの弟オルレイゲンは、絶世の美女とうたわれる実母の王妃に似て確かに美しい容姿をしている。彼はいつも女性の視線を集めていた。

 それを羨ましいと思ったことはないが。

 昨晩のモリーネの言葉が蘇った。彼女の好みもオルレイゲンのような男であるのだろう。好みは愛想よくて格好よくて優しい顔と言っていた。


「そんなに、私は、愛想がよくないか?」

「……そうだな。常時睨みを利かせているような顔だから、な。まあ、あれだ。男は顔じゃないとわかってくれる妃もそのうち現れるさ」


 バルデスはアレグイルを慰めているようでいて何気に厳しい現実を口にしていた。

 常時睨んでいるつもりはないが、ヘラヘラ笑っていられるか。と、アレグイルはやさぐれた気分を振り払い、重要な未来について考えるべく頭を強引に切り替えた。


「妃達のことは、いい。理由をつけて、しばらく遠ざけておくことにしよう。問題は狩りの催しだ。そろそろ、シーズンになる」

「欠席するか? といっても、シーズンの約二か月間をすべて欠席するわけにもいかないな」

「しかも、今年とは限らないのだろう? 狩りの催しは警備が面倒だから参加しないのが一番だが」

「アレグイルは毎年いくつもの狩りに参加してきた。今年急に取りやめるのは、おかしいだろう」

「いくつか狩り場の条件をみて参加する催しを厳選することにしよう」


 未来云々の話に困惑していたはずの二人は、狩りでの事故を警戒することに異議を唱えなかった。すでに、彼等の中に、王太子が事故死する未来、がおさまっていたのだ。全てを納得してのことではなかっただろうが。

 アレグイルは複雑な気分だった。

 彼等の同意と協力を得たかったので、十分な結果となった話し合いだったが。二人を一番納得させたのが、彼女の語った、弟オルレイゲンに好意を寄せていた妃達のことだとは。


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