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第6話(時間のずれ)

 

「えっと、正確には二十五日ぶりね」


 ちょっと頭を右に傾け、アレグイルに同意を求めるように彼女は言った。

 もちろん同意できる内容ではない。

 彼女にとってはたった二十五日。前回からたったそれだけの時間しか経っていない。それなら、彼女が変らないのは当然だろう。

 彼女にとってはアレグイルの姿が変わりすぎているため戸惑っているようだ。一ヶ月ですっかり大人の体格に変わってしまっているのだから。

 そんなことは、あり得ない。

 アレグイルはそう否定した。だが、壁に消える彼女なのだ。普通の存在だと思う方がおかしいのだろう。

 アレグイルは彼女に手をのばした。

 その存在を確認しようと。

 すると、彼女は何を思ったのか突然腕の中に飛び込んできた。

 ぶつかるような勢いで飛び込んできた彼女は、彼の脇腹から背中へと腕をまわし、ベタベタバンバンと乱暴にあちこち手探りで確認していた。胸には頭と額でグリグリと押し迫られ。どうやら彼女はアレグイルの感触を確かめているらしかった。

 アレグイルが彼女にむかって両手を伸ばしたのが原因のようだ。腕を広げたわけではなかったのだが。

 なんとなく嬉しそうな彼女を押しのけるのも気が引けた。バシバシと手荒い彼女の仕草は抱きつくというには色気がなく。だが、喜んでいるのがわかる。

 そして、アレグイルは宙に浮いた腕をやんわりと彼女の背中に手をまわした。

 彼女は不審者だというのに、躊躇いもなくそんな行動をする自分をアレグイルはどこかおかしいと思っていた。

 思ってはいたが、止めなかった。

 これを危険な存在だと自分が判断できないことはまぎれもない事実なのだ。

 簡単に懐に入られるなど、あってはならないことだ。それだけ隙を晒しているということなのだから。

 アレグイルは、この侵入者を捕えようと待っていた。これは自分に危害を及ぼす存在なのだ。彼女を捕えて牢に送って何としても口を割らせると言えただろう、この夜までは。

 実際に相対してみれば、どんなにこの存在に対して警戒心を抱こうとしても、端から崩されてしまう。

 だからこそ、前回も彼女を逃がしたのだ。いや、あの時も、捕えようという気持ちがあったのかどうか。自分に言い聞かせていただけのような気がする。

 一体、何が起こっているというのか。

 自身の内で葛藤するアレグイルの腕の中で、彼女はのんきに話し出した。


「アレグイルは、私の空想がつくった人だと思ってたけど。やっぱり、違うわね」

「どうしてそう思う?」

「だって、私の空想なら、もっと愛想よくて格好よくて優しい顔にすると思うの」


 その言葉にアレグイルは顔をしかめた。彼女にとって、格好よくもなく優しそうでもないと言われているのだ。喜ばしいことではない。

 自分が女性に好まれる顔だと思ったことはなく、そういう容姿になりたいと思う事はない。だが、娘に好みではないと言われるのは癇に障るものだ。


「そうだな」


 彼は短く答えた。

 そこに不機嫌を感じ取った彼女はクスッと笑う。

 アレグイルはその彼女の身体の動きを胸元に感じた。


「でも、会いたかったのは本物のアレグイルだから」


 彼女は会いたいと思っていたらしい。

 その言葉の直後、言った言葉が照れくさかったらしく、彼女はぐりぐりと高速で横に振る頭をアレグイルの胸に擦りつけていた。男の腰に腕をまわして抱きついいておきながら、そんな言葉くらいで?と思うのだが。

 そんな言葉で機嫌を取ろうとする彼女に、苛立ちは起こらなかった。

 自分ももう一度会いたいと思っていた。それは彼女とは全く違う理由だったが。それでも、彼女も同じように待っていたのだと知るのは悪い気分ではなかった。


 彼女にまわした腕を解くと、拗ねたような顔で見上げてきた。

 何だ?と思ったが、彼女はぷいっと顔をそむけ、スタスタとベッドへ向かって歩き出した。

 室内の様子は五年前とたいして変わりはしない。

 彼女はドサッとベッドへダイブした。そのまま両足先を器用に使って靴を脱ぎ捨て、ベッドの上を動く。

 前にも思ったが、彼女はあまり行儀よい娘ではないらしい。普通の貴族娘も他人の目がないところではこうなのかもしれないが、彼の目の前でそのようなことをする娘はいなかった。そのためか珍しく面白く眺めた。


「アレグイルの匂いがする」


 枕のところまで辿りついた彼女は、枕に顔を乗せて笑っている。

 彼女の言う匂いがどんなものかはわからない。彼女の表情が歪んでいるわけではないので、嫌な臭いという意味ではないのだろう。


「相変わらず、このベッド、いいわねぇ」


 シーツを撫でて感心している。前回、彼女はベッドを交換しろと言っていたから、余程気に入っているのだろう。

 しかし。

 男の寝室で、ベッドに上がり勝手に寝転ぶのはどうだろう。

 これも彼女の相手を油断させる手法なのか。

 そうした考えは、前回と同様に馬鹿らしく思えた。

 これは侵入者だ。例え害をなさないとしても、これは侵入者なんだ。アレグイルは何度もそう言い聞かせた。彼女に、自分に、抵抗するように。


「お前は、どうしてここに来た?」

「会いたかったから頑張ったの。よかったわ、また来ることができて」

「会ってどうする?」

「どうもしないわ」

「……」


 侵入者が簡単に理由を白状したりはしないが、彼女ならなんとなく簡単に喋りそうに思えたのだが。

 彼は眉間に皺を寄せた。


「何をどう頑張ったと?」

「庭を歩き回ったのよ。大変だったわ。だってどうすればまたここに来るかわからなかったから」


 庭を歩き回った?

 ここに来るために頑張ったことがそれか?

 ハラディ語が不得意だと言っていた彼女には質問の意味が通じていないのだろうか。

 いや、そもそも会いたかったとか頑張るというが、会ってもどうもしないというのは何だ? 彼女の行動理由は一体?

 アレグイルが彼女の言葉に疑問を抱いている間にも彼女は話を続けた。


「それにしても、まさか、庭がこんな場所に繋がっているなんてね」

「庭が繋がっているとはどういうことだ?」


 彼がそう問い詰めると、彼女は肘をついて、枕元に置かれた読みかけの本に目を落としながら答えた。

 彼女が昼下がりの庭を散歩している時、突然身体が宙に浮いて暗闇に包まれ、その後、この部屋の通路に落ちたらしい。落ちるといっても、そうたいした高さからではなく、階段一段くらいの感覚のようだ。

 前回の現象から二十五日間、彼女は毎日庭を歩きまわり、再び現象が発生するのを待っていたのだと彼女は言った。

 それはそれは誇らしげに。


「私のハラディ語、ちょっとは上手になったでしょ? あれから毎日、練習しているの。侍女は本物のハラディ人から言葉を教わったらしくて、発音は完璧だから」


 彼女は自慢げな口調でどうでもいいことを喋っていた。

 そんなことよりも、色々と疑問を抱かないのか?

 なぜ突然こんなことが起こるのか。

 突然の見知らぬ場所に危険が潜んでいると思わないのか。

 前回、剣をむけられただろうに。

 繋がるというが、どうしてここなのか不思議に思わないのか。

 また同じ場所に辿り着くとどうして思っているのか。

 どうして今なのか。

 どうして彼女なのか。

 ちょっと考えただけでも次々と疑問が湧いてくるというのに。

 彼女にとってそんなことは重要ではないらしい。

 何が楽しいのかわからないが彼女は上機嫌で本をめくり眺めている。

 その彼女の寝転がっている自分のベッドにアレグイルも腰を下ろした。

 彼女はちらりと見上げてきたが、だからといってアレグイルを避けるわけでも姿勢を直すわけでもない。

 モリーネ・ザイ・ツィウクは侵入者ではなく不思議な現象が引き起こした招かざる客らしい。

 アレグイルは彼女の話を鵜呑みにしたわけではない。

 ただ、彼女の行動にはそれで説明がつく。

 侵入者という自覚はないのだ。

 むしろ招かれたのだと思っているのかもしれない。

 遠慮のかけらもない彼女の態度から、はたして彼のことを知っているかどうかも怪しい。

 アレグイルは自分の名を告げたし、彼女もその名で呼んだ。そこに敬称はなく。

 彼女は自邸の庭がここに繋がっていることを知っても、ここがどこかということに考えが及ばないらしい。彼女には、ここはどこか自邸ではない場所、との認識だけでいいのだ。

 なんて気楽な思考なんだと、少々、いやかなり呆れる。

 しかし、続く彼女の言葉でアレグイルの頭の中はいっきに冷えた。


「ハラディルフ王国の王太子は亡くなったって聞いたけど。で、無理やり妃にされた女性は本当に好きな人と一緒になれたの?」


 王太子が亡くなった?

 アレグイルは時が凍りついたように感じた。

 彼は今現在ハラディルフ王国の王太子だ。

 近年、王太子が亡くなったことはない。王太子はいずれ王となり国を治めてきた。

 だからこそ、王の直系は昔話に語られる仔犬の王妃に守られていると言われているのだ。

 亡くなったって聞いたけど?

 彼女と自分に流れる時間の差。

 もしも彼女が本物のモリーネ・ザイ・ツィウクだとすれば。五年前に調べた時には十歳になっていなかった。自分と同じ時間の彼女は十六歳ではなく、十四歳くらいのはず。もうすぐ十六歳になると語った彼女の話とは一致しない。

 まさか、ここにいる彼女は二年後のモリーネ・ザイ・ツィウクなのだろうか。

 自分と会っているのは、未来の時間の彼女なのか?

 そんな馬鹿なことが……。

 しかし、それが事実だとすれば。

 二年程のうちに、王太子アレグイルがこの世を去るということになるのではないか。

 そんなことがあるはずはない。

 そう思うが、不穏の種は存在している。笑って打ち消すことはできなかった。


「どうして王太子が亡くなったか、知っているか?」


 できるだけ平静を装い、アレグイルは尋ねた。

 ぱらぱらとめくっていた本から視線を上げ、モリーネは頬杖をついた。


「なんだ、アレグイルは知らないの? よその国のことだから、私が聞いたのは侍女から聞いた話だけど。狩りで事故にあって亡くなったって聞いたわ」

「そう、か」


 狩りで事故?

 狩りが盛んな時期にはそういった事故も発生する。それに、自分が?

 モリーネは話を続けた。


「王太子は自分の兄弟と好きあってた女性を妃にしようとした人なんですって。評判の悪い人だったの?」

「そんな話は、聞いたことがないが」

「えーっ、うちの国に噂が届くくらいなのよ? きっととってもスケベな性格の悪い人に違いないわ」

「……」

「えっと……。亡くなった人を非難するつもりじゃなかったのよ? ちょっと、女の人が可哀想かなって」


 黙ってしまったアレグイルに、彼女は自分の発言で気を悪くさせてしまったと思ったのか弁解をはじめた。

 しかし、アレグイルの耳には届いていなかった。


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