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第5話(再会)

 日々はゆるやかに過ぎていき、モリーネが夕刻前の庭を歩きまわるのはすっかり日常と化していた。

 しかし、見つからない。

 なーんにも見つからない。

 モリーネはすっかり手詰まり感に陥っていた。

 だからといって諦めるわけではない。

 ただ、あの現象に迫るための手掛かりを探す方法を変えてみるべきかもしれないと思ったのだ。

 何せ、今まで毎日していたことといえば小道付近を延々と歩き続けていただけなので。

 うーんと頭を捻っても、あの現象が起こる直前の事を思い出せないことがネックだった。

 あの時。気がついたら暗闇だった。

 その前のことが、わからない。

 小道を歩いていたのは覚えているのに。

 庭に戻った時の場所も様子もつぶさに思い出せると言うのに。

 あの直前がわからない。

 何がきっかけだったのだろう。

 そのきっかけがモリーネの方にあるのではなく、あの暗闇側にあるのだとしたら。

 それこそ、どうしようもない。

 いつか突然またやってくる現象をじっと待つしかないことになる。

 その時、庭にいれば現象に遭遇できるのか、庭の特定の場所にいなければならないのか。

 少なくとも、前と同じ場所にいた方が確率は高いかも知れない。

 モリーネは庭の小道をあちこち歩き回るのではなく、ごく限られた場所だけに絞ることにした。

 現象が発生する直前に歩いていたと思われる場所。そして、その後で現れた場所である。

 直前の場所は、視界が暗闇に覆われる直前に見ていた髪飾りの風景を覚えていたので、その映像をもとに大体の場所を割り出した。

 現れた場所は手をついていた石畳の石の位置まで覚えているので確実だ。

 その二か所は、あまり離れていないけれど、十数歩は離れた場所だった。

 その場所をモリーネは何度も歩いた。


 そんなモリーネをミルダは奇妙な顔で見ていたけれど、何も言わなかった。

 それなりに広さのある庭の小道の一か所を何往復もするのは変だと誰だって思う。

 ミルダがそれを問わなかったのは、あの奇妙な夢のせいなのだろうと見当がついていたからだ。

 良家のお嬢様にも空想する自由はある。たとえ、胡散臭い悪人に夢を抱いていようが、空想内で虚しい恋愛を展開していたとしても。迷惑になりさえしなければ、何ら問題はない。

 ただ、あの時のように、延々と夢の中でいかにドキドキしたかを熱く語られるのは結構厳しいので、あれだけはやめて欲しいとは思う。

 モリーネが貴族男性と満足に会話ができないということを知っているだけに、恋愛に憧れをいだいているのだろうと思うとモリーネが不憫だった。

 空想恋愛もいいけど、現実の男性に心ときめかせてほしい。セイフィル王子とか高嶺の華狙いじゃなく、もっと手の届くところで手を打てば実家の威力もあるから十分独身男性が寄ってくるというのに。

 夢を見すぎなんですよ、お嬢様。現実の方が絶対楽しいですって、ドラマチックな出会いでなくても。お付き合いも、要は、慣れですよ、慣れ! 数こなしましょう!

 ミルダはモリーネにエールを送っていた。そのエールは届いてなかったけれど。


 モリーネは焦りを感じていた。記憶の中で、彼の面影が徐々に薄れていくことに。彼に抱きあげられた時の感触を、もう忘れている気がして、悔しかった。

 ミルダの表情からは、憐憫が感じられる。それが一層悔しさに拍車をかけていた。

 あの時、とてもドキドキしたことは覚えているのに。彼に会ったのは絶対本当のことなのに。夢じゃないのに。

 でも、頭に思い浮かべようとする彼の姿も顔もぼんやりと曖昧になっているようで。


「アレグイル」


 モリーネは何度も彼が告げた名前を一人でこっそり呟いた。

 この名前だけは絶対に忘れまいと。

 二度とないから拘ってしまうのかなと思ったけれど。

 夢でもいいから、自分が作り出した幻想でもかまわないから。

 もう一度。



 モリーネはふいに階段から足を踏み外したような、ぞくっとする感覚を味わった。


 きたっ!

 思わず息を止めた。


 ふわっと宙に浮く感触は気持ちのいいものではなかったけれど、これこそ彼の元へと、あの暗闇へと続く前触れだった。

 次の瞬間には視界が暗闇に覆われ、したたかに身体を打ちつけた。

 着地の仕方をどうにか考えないと。そんなことを思いながら、モリーネは暗闇の中で身体を起こした。

 視界を奪う暗闇の圧迫に、期待と興奮を膨らませながら。





 寝室でアレグイルは壁を見つめていた。

 壁の向こうから聞こえる物音が、彼には信じられないものであるかのように。

 彼はベッドから静かに立ち上がり、壁を開く操作を行った。

 ゆっくりと横に動く壁。

 そこに現れた空間には、娘が立っていた。


「久しぶり、アレグイル」


 彼女は取り澄ました顔で彼に呼びかけた。

 前回とは違い、朱色のドレス姿で、髪はきちんと結いあげられている。

 アレグイルはいかなる時も動揺を抑え、冷静な判断を下せると自分では思っていたのだが。まだまだらしいと自分の評価を下げた。


「モリーネ・ザイ・ツィウク、か?」


 彼が問いかけると、彼女は部屋へと足を踏み入れながら答えた。


「そうよ。モリーと呼んで?」


 彼は、彼女の上から下へと不躾なまでに視線を注いだ。

 彼女はそれを不快に思うでなく、逆に彼へ見せるようにクルリと一回転してみせた。

 どう?とでも言いたげな顔をして、無言で問いかけている。


「モリーネ・ザイ・ツィウク。お前……」


 彼は先を続ける言葉に迷った。

 彼女の姿は、前回と装いは異なるものの、あの時の彼女だった。いや、そうと確証があったわけではない。彼の記憶もすでにはっきりとはしておらず、直感的にそう思っただけのことだ。

 彼女の方も彼をじろじろと観察していた。次第に、彼女の顔は困惑の表情に変わっていく。


「アレグイル、よね?」

「そうだ」

「貴方、そんなに年上だった? てっきり私とさほど変わらない年齢だと思っていたのに」


 華奢な首を右に左にと傾げている。

 彼女の言うように、前回は少し年下の少女だろうと彼も思っていた。

 しかし、あれから既に五年の時が流れているのだ。十六だった彼が二十歳を越えた今、立派な大人の体格に変貌しているのは当然のことだった。

 当時と変わりのない彼女は、女性だからだろうか。以前とかわらず少女のままで、とても二十歳前の年頃の娘には見えない。

 あの時のことは不可思議な出来事として記憶の端に残っていたが、五年前のほんのわずかな時間のこと。記憶は不鮮明になっており、何が本当だったのかわからなくなりそうだった。


「お前は、いくつなんだ?」

「私はもうすぐ十六になるわ」


 彼は、あの後、モリーネ・ザイ・ツィウクについて調べさせていた。ハラディルフ王国近隣にあるタラント国の有力貴族ツィウク家の一人娘であり、当時十歳にも満たない子供だった。そのため、あの時の娘は名を偽った侵入者だったと結論付けていた。

 あの時のことは彼の中にしこりとなって残っている。小娘一人をうっかり逃がしてしまったのだから。

 娘が何の目的で現れたのかすら掴むこともできず、自分の甘さをことごとく思い知らされた一件だった。

 侵入経路を確認するためだったのか、いつでも殺せると示唆するつもりだったのか。

 しかし、どれも当てはまりそうになく。

 どうして簡単に逃がしてしまったのかと、どれほど悔やんだことか。あの頭の軽そうな娘にまんまとしてやられたことが、口惜しくてならなかった。

 歯軋りする思いで、次に現れれば必ず仕留めてやると罠を仕掛けて待っていた。

 通路は壁の配置を移動させることで中の順路を変更することができる。その順路を変更し、何処を通っても捉えられるようにしていた。

 しかし、待てども待てども彼女は現れず。まさか五年も待たされるとは思わなかった。しかも五年前の姿そのままで。仕掛けはまだ有効のはずだが、ここに立っている彼女の姿を見るに、どの仕掛けも作動していないようだ。

 相変わらず緊張感のない彼女に、アレグイルはふと昔話を思い出した。

 生涯変わらぬ少女の姿だったという仔犬の王妃のことを。

 まさか、な。と即座に打ち消す。


「お前は、変らないな」

「一ヶ月くらいで変ったりしないでしょ。でも、確かに貴方は、ずいぶん、その、逞しくなった、わね?」

「一ヶ月?」


 アレグイルは、そういえば前もこの娘が話しはじめると調子が狂っていたなと頭のどこかで思っていた。

 嬉しそうにそわそわしているモリーネを前に。


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