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第27話(帰路)


「モリーネお嬢様、ツィウク家よりの迎えがこちらへ向かっているそうですが」


 モリーネへの伝言を持ってきた街人が、部屋の入り口でモリーネが待っていた報告を告げた。だが、その言葉尻を濁す。

 迎えが来る、という言葉にほっとしたモリーネは笑顔で頷き、彼等の様子には気付かない。


「後、どのくらいで到着しそう?」

「明日には到着するかと」

「そうなの! ありがとうっ、嬉しいわ」


 喜ぶモリーネのそばでテラは、街人のうかない表情に気付いていた。何かあるらしいと察し、その街人に問いかける。


「何かあるのね?」

「はぁ。実は、隣町に、妙な輩が滞在しているというんです」

「妙な?」

「その流れ者達は数日前に現れて、街中で警戒していたらしいんですが」


 言っていいのか迷っている街人に、テラは頷いて先を促した。

 その二人のやり取りに不穏なものを感じたモリーネも不安そうに街人を見る。

 街人は少し悩んだ後で切り出した。


「奴等を警戒していたらしいんですが。街に被害は出なくて、どうやら何かを待っているんじゃないかっていうんです」

「何かを? でも隣町も、この近辺も、襲ったとしても大した金にはならないでしょうに」

「だから、お嬢様の、ツィウク家のお迎えです」

「えっ、じゃあ、うちの馬車を狙っているっていうの?」

「はい」

「おかしいわね。隣町で待つ必要はないはずよ。もっと前に狙えばいいのだから」

「それだと、モリーネお嬢様がいませんから」

「……私?」

「王子が言ってたじゃありませんか。仔犬の王妃の生まれ変わりは王都へ向かわない方がいいって」

「私は生まれ変わりじゃないわ」

「王子はそう思っているんじゃありませんか? 自分のことを王ユェイルンの生まれ変わりだと言うくらいだから」

「……そうね」


 モリーネがオルレイゲン殿下に不穏なものを感じていたのは間違いではなかった。一緒にいた人達も同様の感情を抱いていたらしい。

 すぐにテラが動いた。

 領主と相談し、モリーネは街から出る荷馬車に隠れてひっそりとアンデを出ることになった。

 流れ者達がいる隣町をそのまま通過し、ツィウク家の馬車と合流しようというのだ。

 もしも流れ者達が追うようだったら、途中で足止めをするから、タラント国へ急ぐようにと。

 翌早朝、売り物を積んだ荷馬車にモリーネは身を隠した。

 そして隣街を抜けたところで、別の馬車に乗り換える。そうしてツィウク家の馬車が見えてきたところで、モリーネは彼等と別れることになった。


「ツィウク家の隊列なら、きっと騎士も同行しているから、多少の襲撃には耐えられるはずよ。あなた達が無理をしなくても」

「いいえ。流れ者にちょいと時間を稼ぐくらいなら簡単ですよ。真っ向から立ちあうわけじゃありません」

「気にせず、タラントへ向かってください。仔犬様を取り戻して下さった方に、何かあっては領主様達に顔向けできません」

「道中、ご無事で!」

「ありがとう。本当にありがとう。みなさん、気をつけてね!」


 モリーネはアンデの人々と別れ、ツィウク家の馬車にこっそり近付いた。


「兄様っ」


 陰からこっそり手を振って見せた。

 久しぶりに見る兄ラフィールは険しい表情だったが、無言で彼女を馬車に乗せる。そして大急ぎで隊列を出発させた。タラントへ向けて。


「お前……ほんとに、無事だったんだな?」


 馬車の中で、モリーネはぎゅっと固く抱きしめられた。

 兄ラフィールの表情は信じられないというような顔だったが、そこには深い苦悩が感じられる。

 自分には少し前のことだけれど、兄や両親には一年も経っているのだ。どれほど心配させたんだろうと、モリーネは申し訳なく思った。


「兄様、痛いわ」

「あぁ、すまん。傷は? もう大丈夫なのか?」

「まだ痛むの。兄様には一年前かもしれないけど、私はまだ傷を負ってから一カ月半くらいしか経っていないから。でも傷口が塞がるのはとても早いらしくて。だから、すぐよくなるわ」

「……ミルダの話は、本当だったのか……」


 モリーネは今までの経緯を兄ラフィールに細かく説明した。ツィウク家までの道程は遠く、時間が十分にあったのだ。

 王太子宮の部屋で斬られた直後にアンデの街に辿りついたこと。アンデの人々に看病してもらったこと。緑の光の仔犬のこと。仔犬様を大事にするアンデのこと。

 そして、王ユェイルンの生まれ変わりと告げた第二王子オルレイゲンのことを。


「そう、だったのか。お前が消えてから、いろいろな噂が流れた。タラントが王太子暗殺に関与していたとか、元王妃と通じている者がまだ王宮内にいるのではないのかとか、な」

「タラントが王太子暗殺に関与するはずないじゃない!」

「そうなんだが、まぁ、噂だよ。だが、王と王太子は、今までの暗殺の首謀者も元王妃ではなく第二王子ではないかと考えているんじゃないかと思う」

「えっ? オルレイゲン殿下が?」

「オルレイゲン殿下は今、国外に遊学中ということになっている。だが、実際には逃亡中なんだろうな。アンデでモリーネに会ったということは」

「そんな……。アレグイルは、大丈夫なの?」

「……」


 モリーネの問いに兄ラフィールは顔をしかめ口を閉ざした。

 ラフィールはあの男が大嫌いだった。憎しみすら抱いている。強引に王太子宮へと連れていき、モリーネをこんな目にあわせた張本人なのだ。妹は今も痛むほどの傷を負ったというのに、あの男は騎士達に守られていた。王や王太子には、王太子の暗殺を阻止するために身を犠牲にした娘と感謝されたが、そんなものが何になるというのか。妹を返せと言いつのっても、見つからないの一点張りでろくな情報を出そうとしない。それなのに報奨だけは押しつけてくる。王族は、図々しい輩だ。だから、関わりをもつべきではないのだ。

 そんな男のことを心配する妹にいい気はしない。眼を覚ませ!、あの男はお前を暗殺事件に巻き込んだ酷い男なんだぞ、と言い聞かせたいのは山々だったが。状況を理解していないモリーネに何と説明するかが悩ましいところだった。


「ねぇったら。あの後、また暗殺とか危ない目にあってなかった?」

「あの男のことより! 私はとても心配したんだぞ? 父上や母上だって、お前が行方がわからなくてどれほど心配していたか」

「ごめんなさい、兄様。私、一年もたってるなんて、まだ、実感がなくて……」

「そうだな。お前の傷も、まだ癒えてなかったな。ツィウク家に帰れば、すぐに元気になる」

「うん。……心配させて、ごめんなさい」


 ツィウク家の隊列は、妙な追手に邪魔されることなくタラント国への国境を越えた。




 その様子を一足遅く到着したアレグイルが見送っていることを彼等は知らなかった。


「帰ったか……」


 アレグイルは国境の小高い丘から一行が森の向こうへと姿を消すのを見送っていた。

 ネセインから連絡を受け、馬を駆ってここに到着したのはほんの少し前で。すでに彼等が国境を越えた後のことだった。


「申し訳ありません。もう少し早くお知らせしていれば……」

「いいや。十分だ。よくやってくれた」


 騎乗したアレグイルのそばには旅人に扮したネセインが馬を並べて項垂れていた。

 ネセインは、モリーネが姿を消した後ツィウク領に滞在し、モリーネが現れるのを待っていたのだが。ハラディルフで王太子に抗議を続けていたはずのラフィールが領地へと戻ってきたため、彼の動きを探っていた。ラフィールは足の早い馬車を揃え、慌ただしくツィウク領を出発した。何かしらの情報を得たらしいと彼の後をつけているうちに、モリーネの居場所を突き止めたのだ。

 アレグイルにそのことを報告する手紙を出したが、ラフィールはアンデの街人達と協力してモリーネと合流するや一路タラントに向けて疾走した。何かから逃げるように。

 ネセインはラフィール達を追走してここまでやってきていた。

 途中、彼等を狙う者達を牽制しながら。

 二人が見送る丘に、一人の騎士の駆る馬が近付いた。


「ツィウク一行をつけ狙っていた者達を捕えました。どうやらただの強盗ではなく、狙いはツィウク嬢だったようです。彼女を攫えば、大金になると」


 騎士がアレグイルへ報告する。彼はアレグイルが王都から連れてきた騎士の一人であり、彼等にツィウク家一行を狙う者達を捕獲するよう命じていたのだ。


「モリーを?」


 アレグイルは眉を寄せ、ネセインを見る。だがネセインも理由は思い当たらないようだ。

 ツィウク家の馬車を狙っていたのか、もしくは、ツィウク家次期当主ラフィールを狙っているものと思っていた。娘を攫うのはよくある話だが、これほど執拗に娘を狙うとは思えない。モリーネを狙う理由がわからなかった。

 アンデの街の娘一人を狙うこと自体おかしなことだというのに、彼等はモリーネがアンデを出ることを知っていたのだ。ツィウク家の馬車を追ってきたのだから、彼等はモリーネがツィウクの者だと知っていたに違いない。

 なぜモリーを攫おうとしたのか。

 ただのタラントの貴族娘をどうしようというのか。


「ツィウク嬢を攫って、誰と交渉するつもりだったかは吐いたのか?」

「いえ、まだ。ただ、彼等の持っていた金がおそらく気前よく支払われた前金のようですが、北の地方で流通している金ではないかと思われます」

「そうか。奴等から何としても情報を聞き出せ」

「はっ」


 騎士はアレグイルに一礼すると丘を駆けおりて行った。


「北、か……」


 元王妃を幽閉している地方だ。元王妃が誰か協力者を得た可能性があるのだろうか。

 だとしても、モリーネを攫う意味がわからない。オルレイゲンを王位につけるためにタラントの娘であるモリーネが関係するとは思えない。


「王太子殿下……まだ確証はありませんが、アンデの街の噂を耳にしました」


 ネセインが声を落とし慎重に話を切り出した。

 彼が口にしようとしていることは不確かなことなのだろう。だが、アレグイルは黙って先をうながした。


「最近、アンデの街人達は、奇跡をもたらす女性が現れたと大喜びしていた、というのです」

「奇跡をもたらす女性? モリーネ、のことか?」

「ツィウク嬢がアンデに突然現れたからでしょうか……」


 寝室の隠し通路に突然現れたように、アンデのどこかに彼女が現れた……。

 しかし、奇跡をもたらす、という意味にはならない。ならば彼女のことではないのか。

 アレグイルはタラントの森を眺めた。


「モリーネは、どうしていた?」

「……はい。まだ傷が痛むようでしたが、食欲もあり、長時間の馬車移動が疲れると大声で文句を言っておいででした」

「そうか。元気、だったか……」


 モリーネの笑顔と、血に染まったドレス姿で崩れる姿が脳裏にちらつく。

 振り払うように、アレグイルは馬を反転させた。

 今は、王都へ戻り、ツィウク家一行を狙っていた者達の調査をしなければならない。元王妃との繋がりや王太子暗殺に関する調査、王太子宮の秘宝の行方など、片付けなければならないことは山のようにあるのだ。


「ネセイン。アンデの街を調査してくれ。モリーネが現れた時の状況を詳しく知りたい」

「はい」


 二頭は丘を下り、そこで待つ騎士達と合流した。

 ネセインは数名の騎士とともにアンデへ、アレグイルは多くの騎士達ととに王都へと出発した。


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